粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

「粕本集呆の馬事放言」トップページ

このページは常にトップにあります。

 

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 かなり真剣に迷っております。

 

ここは荒尾競馬ファン残党兼笠松競馬ファンニコマスP(ゲーム「アイドルマスター」のファンによる二次創作動画作者)であるカスPこと粕本集呆のブログです。2009年1月よりLivedoorにてブログ「粕本集呆の辛口一献」を続けてきましたが、諸事情ありまして2016年7月より、ここ「粕本集呆の馬事放言」に活動の場を移しました(「粕本集呆の辛口一献」は近日中に閉鎖予定です)。

内容は前のブログ同様、中央競馬地方競馬(特に笠松競馬イチ推し)の話題並びに予想が中心となりますが、ニコマス紹介並びにP活動も近日再開予定です。その他ゲームのレビューや音楽、歴史ネタも折に触れて。

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ゲーム「アイドルマスター」と笠松競馬(岐阜県地方競馬組合)は一切関係ありません。あくまで両方のファンであるカスPがブログ並びにニコマス動画でネタとして絡めているだけです。また、カスPはこのブログを通じての商業的広告活動は一切行っておりませんし、お誘いもすべて断っております。あくまでいちアイマスファン並びに競馬ファンの、個人的趣味の範囲内のブログであることをどうかご了承ください。

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林満明騎手、引退。

明日の東京ジャンプS(東京第8R)で、障害界の重鎮・林満明騎手が障害2000回騎乗を境に引退します。林は1985年度の競馬学校第一期生。その顔ぶれを見るに…

石橋守
岩戸孝樹
上籠勝仁
柴田善臣
須貝尚介
田島裕和
谷口一明
玉井智光
林満明
福有稔
武藤善則
山田和広

というメンバー。現役は残すところ柴田善臣ひとりになってしまう、というより1986年デビューで、30年以上現役を続けるという方がむしろ稀有。

明日の東京JSで林が騎乗するのはアスターサムソン。三木ホースランドJS(障害OP)、京都HJ(障害GⅢ)を連勝していて、ここも勝ち負けが期待できる。餞別馬券もあっておそらく当日は単勝1倍台になるでしょう。そのアスターサムソン、名前から察せられる通り、父は同期の石橋守ダービージョッキーにしたメイショウサムソン。そして同レースでは同期で調教師の岩戸師が、刺客にミュートエアーを送り込む(鞍上五十嵐)。重賞実績はないものの、ここ3戦急上昇の勢いある馬。東京は障害の難易度が高くない分平地力が他場より重視され、障害未勝利、OP連勝しただけのマテンロウハピネス(鞍上西谷)が前日で2番人気に推されているのも、1600万条件で幾度も好走している平地力を買われての評価か。中山GJ4着だったタイセイドリーム(鞍上森一馬)も、平地を叩いてここに挑んできていて、正直アスターサムソンは単勝人気ほど盤石でもないのですが。

林は2015年の中山グランドジャンプアップトゥデイトでデビュー29年にして一度は天下を獲りましたが、その後オジュウチョウサンというとんでもない馬が現れて天下を奪われた。ここ数年中央競馬への関心が薄れ、それに伴い馬券抜きで興奮、感動するレースもなくなりましたが、昨年暮れの中山大障害は凄かった。障害天下を取り戻すべく、林&アップトゥデイトが選んだ戦法は、まさかの大逃げ。オジュウチョウサンが追いついてきたのはゴール手前。実はレースをVTRで観る前に、どこかで既に結果を知ってしまっていたのですが、それでもゴール前は興奮しました。はじめて障害馬でJRAの「ヒーロー列伝」のポスターに抜擢されたオジュウチョウサンですが、決まったのが今年の1月。あのアップトゥデイトの壮絶な逃げを、最後の最後で捕まえたインパクトが、ポスター化を後押ししたのかもしれません。名脇役あってこそ主役が光る。2015年、春秋ふたつの障害GⅠを制した馬を脇役というのも何ですが、オジュウチョウサンを語るのに、宿敵アップトゥデイトは絶対に欠かせない。

先週「父の日」だったのですが、私は5月の「母の日」と一緒にしてお金を渡し、俺は仕事で行けないけど、これで弟一家と一緒に寿司でも食べに行ってきて、と。ところが誤算は愚弟一家で、小学一年生と幼稚園入ったばかりの甥ふたりが食い荒らすばかりだったらしい―しかもガキの分際でウニとかイクラとか、渋くて高いネタが好き―。私は父親が大嫌いなのですが、それでもできるときに親孝行しておかないと、死んだときにもっと親孝行しておけばよかったと絶対後悔する。何だかんだ言っても息子とはそういうもの。というわけで改めて「父の日」のプレゼント。アスターサムソンから馬単総流し馬券。まあ、当たったところで幾らつくか…といったところで、ハズレたら紙屑。親孝行もへったくれもないわけですが。

 

そういえば引退といえば、大下智も引退。2007年デビューで通算825戦17勝(障害騎乗はなし)。11年かけて僅か17勝ですが、ここまで粘って現役を続けてきたことを評価したい。

大河ドラマ終了後、半年経って井伊直政の話

—実は以下の文章、3月くらいにほぼ記し終えていたのですが、忙しさにかまけて仕上げずに放置したまま、もう6月も終わりになってしまった。今更「おんな城主・直虎」の後日談かよ?という、賞味期限が切れて半年近く経ったお菓子が棚の奥から出てきたようなもので、UPするのもどうかという感じですが、折角記したんだし、食べ物と違って読んでも腹はこわさないので、まあ興味ある方は読んでくださいな。

 

大河ドラマの「西郷どん」、結局一話も見ておりません。面白くなさそうだとか、政府辺りがやたら明治維新150周年を持ち上げ、それに乗るのが嫌だというわけではなく、単に仕事の時間の都合上見ることができないだけです。でも「おんな城主・直虎」は録画して後日見ていたので、やっぱり興味がないということなのでしょう。林真理子が独特の切り口から西郷を描いたといいますが、それでもここ数年の大河ドラマで何度も出てきているので、敢えて見たいという気にはならない。高橋克実小澤征悦らが演じてきましたが、一番印象に強く残っているのが「八重の桜」で吉川晃司が演じた西郷。坂本龍馬は西郷を「小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く」と評したそうですが、入れるものに応じて大きさが変わる器。会津の人々の恨みや悪名から、平将門から数えれば900年以上続いた「武士」という存在そのものまで、全て収めたままこの世から粛々と去っていった底知れなさを、吉川が見事に演じていた。

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2月にモリアテ教授が行って来たということで写真を送ってくれました。下の竜ケ岩洞は関係ないとして、上の浜松城は、井伊直政が少年期、家康の小姓として過ごしていた城で、「おんな城主・直虎」の後半の舞台となった場所です。

井伊直政という人物、後に譜代大名の中で最高の石高である彦根35万石(直政存命中は18万石)が与えられたように、徳川家の信頼が特別厚く、豊臣政権下では、徳川家の実質上ナンバー2は直政だと見られていました。それには秀吉の直政への好感度の高さも影響していました。秀吉が家康を帰順させるため、秀吉の母・大政所が徳川家に一時期人質に赴いた際、ふたりの人物が大政所の警護に携わりました。本多重次と井伊直政

本多重次は「鬼作左」という通り名が示すような、脳筋猪武者のようなイメージを持たれていますが、行政官としては、人の話をしっかりと聞いて公正な判断を下し、「三河三奉行」のひとりとして立派にその役割を果たした。とはいえ根は「三河武士」。良くも悪くも一本気。大政所の宿泊所の周囲に薪を積み上げ、万が一主君家康が秀吉の許に赴いた際、害されるようなことがあれば、薪に火を点け大政所を焼き殺すと猛烈アピール。当然秀吉や大政所の印象は悪くなる。

一方で直政は大政所を礼を尽くして丁重に扱い、彼女の信頼を得た。オマケに美男子だから大政所の侍女たちにも大人気。大政所が大阪に帰り、事の次第を聞いた秀吉は、直政を褒賞し、重次は罰するよう家康に命じました。重次は以降も武勲を立てながら、秀吉に睨まれているため生涯出世ができなかった。古参の重次は直政が万千代と呼ばれていた頃、新参者でかつ元今川家臣で、おまけに一度は没落した家の出身である直政が家康に気に入られているのに腹を立て、直政を侮辱したことがあり、 後に直政が引き立てられるようになると、出世できない重次を逆に嘲り返したとか。大河ドラマでも気性の激しい若者に描かれていたように、決して穏やかな人物ではありませんでした。

豊臣家の大名たちからも高く評価され、榊原康政や、ドラマの中ではあまり良く描かれなかった酒井忠次からも信頼されていたのですが、一方で部下に対しては殊更厳しかった。些細な失敗で打擲したり、ときには手打ちにしたとか。家臣たちは直政に呼ばれたときは、生きて帰ってこれないこともあり得るので、参じる前に家族と別れの盃を交わしたという話が残っています。別れの盃については、隋の文帝にも同じような話が残っており、それに基づいた作り話かもしれませんが、近藤康用の息子・秀用のように厳しさに耐えきれなかったり、庵原助右衛門(新野家三姉妹の三女・桜の夫になる人物で、ドラマでは予め直虎が会見して器量を確かめていた)のように反目して逐電する者もいました(近藤は後に許され、徳川家の直臣として、井伊谷藩主となる。ただ分割相続により藩としての井伊谷は消滅。また庵原は直政と和解して帰参。「真田丸」に登場した木村重成大坂夏の陣で討ち取ったのは実は彼)。江戸時代の後期、権勢と悪名を欲しいままにした老中・水野忠成(ただあきら)でさえ、登城の際、正装の着替えの用意を忘れて恥をかかせた家来の大失敗を、「直接の担当者ばかりか、当事者の自分でさえ忘れていたのだから、お前が忘れるのは無理もない」と、まったく咎めなかった話が残っている。

そう記すと、直政は心の狭い嫌な人物に感じられますが、「井伊の赤備え」と呼ばれた井伊家家臣団の中心は元武田家臣。先述したように、直政の出自は元は没落した今川の旧臣。一方の武田家は滅亡したとはいえかつては最強の名を欲しいままにし、今川家から駿河を奪ったこともある。甘い顔をしていればとても統率できない。それに、単に嫌な人物だったら、どこかで家臣に殺されていました。戦国時代にはそんな話はごまんとある。でも直政は家臣に厳しかった以上に、自分自身に厳しかった。それが結局、別の方向で彼自身の寿命を縮めてしまうことになる。関ケ原の合戦で退却する島津維新の軍を追撃。そのとき、「捨てがまり戦法」という、島津軍の命を捨てた壮絶な戦法を前に直政は負傷。その後大人しく傷を癒せばよかったのに、休むことなく戦後処理に奔走。中でも直政を負傷させた張本人である島津家と徳川家の講和に尽力し、結果傷を悪化させて41歳の若さでこの世を去りました。

直政にはふたりの息子がいました。直継と直孝。直政死後、跡を継いで彦根城を建てたのは直継なのですが、若い直継は直政の残した家臣団の統率ができなかった。井伊家の家臣団は先述したようにプライドの強い旧武田家臣が中心で、厳しい直政から若い直継に替われば当然家臣団に緩みが生じ、そこから内輪揉めが起こる。おまけに井伊家家臣には「付人」と呼ばれる、家康からつけられた元徳川家直臣の与力もいるものだから、収拾がつかなくなってしまった。騒動の中心は、ドラマで直虎に、戦死した父の供養のために経を読んで欲しいと頼んだ少年―鈴木重好。結局鈴木が、名誉を害することなく穏便に井伊家を退去するという形で決着したのですが、直継は彦根藩を統率する能力なしと烙印を押され、病弱で任務に堪えないという理由で、異母弟の直孝が跡を継ぐことに。文献によっては直継が彦根藩主の座を直孝に譲ったのではなく、直継は廃嫡―つまり彦根藩主として最初から存在していなかったことにされてしまっています。

ただ、直継にはこんな逸話があります。彦根城を完成させたのは直継なのですが、一時期、築城が進捗しない時期があった。そのとき出てきたのが、若い娘を「人柱」にするという話。郡上八幡城の稲葉貞通はおよしを人柱にしましたが、直継はそんなことをしても意味はないと耳を貸さなかった。しかし普請奉行が自身の娘を人柱に捧げるとともに、娘(名前を菊というらしい)も覚悟しているということで、直継も了承。菊を人柱にした後、工事は捗り、彦根城が完成した。その後普請奉行は直継から労いの言葉があるということで参上したら、そこにいたのは人柱のされたはずの娘・菊だった。直継は菊を人柱にしたと偽り、工事が完成するまで匿っていたのです。

それは直継が心優しい人物というより、人柱で工事が捗るというのは迷信に過ぎず、つまりは信じる信じないの問題に過ぎない。実際若い娘を人柱にしなくても、したと思いこませれば、皆がこれで工事が捗るようになると信じ、結果そのように事が運んでいくと読んでいたからではないでしょうか。人間の心理をよく理解していた。決して暗愚な人物ではないのですが、複雑かつ癖の強い家臣団をまとめ上げるだけの強さを持ち合わせていなかったということか。それから、酒に酔って正室(鳥居忠政の娘)の顔を傷つけてしまい、怒った妻が実家の鳥居家に帰ってしまい同家と険悪になってしまったことも、大きな減点材料になったでしょう。

ちなみに直継が家康の養女である正室の子であるのに対し、直孝は、直政がその正室の侍女に手をつけて”できちゃった”隠し子。そういった生まれの事情もあってか、直継は彦根18万石のうち3万石を分知され、安中で大名としての存続を許された。家臣も、小野、中野ら井伊谷時代からの家臣たちが直継に従うことと決められた。旧武田家臣や元家康の直臣である「付人」は統制できなくても、井伊谷からの家臣であれば大丈夫だろうということでしょう。それに井伊谷時代からの家臣たちは、膨れ上がった井伊家の中では少数派でした。直継は安中藩は大過なく治めることができ、1662年、72歳で逝去。

息子直好は三河西尾、遠江掛川に転封され、その過程で5000石加増されたのですが、次の直武、更にその次の直朝と暗愚な藩主が2代続き一度は廃絶の憂き目に。しかし2万石で越後与板に返り咲き、そこで明治維新まで家名を保ちました。最後の藩主・直安は井伊直弼の三男ですが、戊辰戦争の際はすんなり新政府側に恭順しているよう。

一方の次男直孝は大坂冬の陣真田幸村の軍と戦い惨敗したものの、夏の陣では名誉挽回して余りある大活躍。彦根藩は20万石、更に二代将軍秀忠の遺命により、松平忠明とともに三代将軍家光の後見役に任じられ、家光からも絶大なる信頼を得て30万石と譜代藩の中では最高の禄高に。隣国中国では明が滅亡し、台湾に逃れた忠臣鄭芝龍、鄭成功父子が日本に明再興のための援軍を要請したのですが、前向きだった家光に、外国の内戦に干渉する愚を語って思いとどまらせた。将軍家代々に多大な信頼を得て、長年幕政の中枢に置かれた栄誉は父に劣らぬものでしたが、将軍家への忠誠心は父を更に上回った。家光の寵愛を受けた長男直滋は将来40万石への加増まで約束され、当人もその気だったのですが、そんな息子に直孝は激怒。将軍家への忠誠より自身の栄達ばかり考えているとそれを反故にした。以降親子は激しく対立し、直滋は最終的に廃嫡されました。

 直継・直孝兄弟については、このような話もあります。家康はかねてより危険な存在だと感じていた自身の次男・結城秀康の暗殺を直継に命じた。直継は、いくら大御所様の命令でも、主君の子を殺すようなことはできないと拒否。次に直孝に命じると、たとえ大御所様の子でも、その大御所様の命令とあれば…と受諾する。それからしばらくして、結城秀康の急死後に、幕府の命により彦根藩主は直継ではなく直孝にするという命が下った。結城秀康の死と直孝の彦根藩主就任が時期的にほぼ一致するところからできた作り話でしょうが、徳川家に対する直継と直孝の考え方の違いが表れている。その直孝の強烈な徳川家への忠誠心が、200年以上経って後、苛烈な反対派弾圧を決行してでも幕府を守るという井伊直弼の姿勢に繋がっているのかもしれません。

その直孝や直弼を含め、井伊家は5名の大老を出しています。こう記すと、井伊家は幕政ばかりに目が向いていて、彦根領主としての勤めを疎かにしていたのでは?と思われるかもしれませんが、家臣には厳しかった直政も領民には優しかった。彦根に根を降ろして以降も、25万石や権勢に奢ることなく、財政が比較的安定していたこともあり、一揆も殆ど発生しませんでした。一度だけ藩と領民が一触即発になりかけたことがあったのですが、それも実はデマが原因で、一揆の首謀者も処罰されることなく釈放されています。日本国中で数多の餓死者を出した「天明の大飢饉」の折には12代藩主・直幸が藩の備蓄米を放出、領内に餓死者をひとりも出しませんでした。

さらば青春のPC9801DX

日曜日の競馬の結果

中央東京「ユニコーンS」…ハズレ

1着 14番ルヴァンスレーヴ(1番人気)〇

2着 5番グレートタイム(3番人気)△

3着 12番エングローサー(7番人気)✖

 

ソエが云々とか追い切りの調子が良くない云々言われても、ルヴァンスレーヴの能力を素直に信じて軸に据えていれば三連複7,550円と、結構美味しい配当を手にできた。本命ハーベストムーンは行けると思ったのですが終わってみればまさかの13着。戸崎は「これからというときに」不利を受けたことを敗因として挙げていましたが、実際は「これまでというときに」で、不利がなくても馬券圏内に残ることは不可能だったでしょう。3着までが中団~後方待機(もしくは出脚が悪く、後ろからにならざるを得なかった)馬たちで、先行争いがもつれて、先行勢はラップ以上にタフな戦いを強いられた。ここで戸崎が「不利がなくても結果は似たようなものでした」と口走ろうものなら、オーナーサイドは「あんな先行争いに突っ込んで行ったオマエが悪い」ということで次の騎乗が保証されない。というわけで「不利さえなければあそこから伸びたんです!私は悪くありません!」と強調したかったのでしょうが、不利がなくても脚色が鈍っていたのは傍目で明らか。ただ、先行争いの渦中にいた人気薄馬が4、5着に残っていたのだから、戸崎が悪いというより馬自体に何かしら原因を求めた方が正解かも。遠征競馬に弱いとか。

というわけで今年の春競馬、的中といえば皐月賞のワイドのみ。本当に今春は地方も含めて完全にツキに見放されている。例年は中央が散々なら、地方はある程度格好がつくものなのですが。

 

ツキがないといえば、実は最近懐古趣味に走りはじめ、PC9801のゲームをもう一度遊ぼうかと思い、高校時代に使って、長らくしまっておいたPC9801DXを取り出しまして。それからリサイクルショップで昔のパソコンデスクを購入(1300円)。ただディスプレイがない。そこで、ヤフオクで、「賭け」で1,000円で98用のブラウン管ディスプレイを購入。送料1,600円。通電確認のみのジャンク品で、もしパソコンと接続して画面が出なければ、2,600円損するどころか、その上処分するにもリサイクル料が1,080円かかる。

届いだディスプレイをPC9801DXと接続したところ、無事画面が映った。だったら「賭け」に勝ったわけで、ツキがあるじゃないか?ということになるのですが……実は購入したディスプレイはよくても、元からあったPC98の、ディスクドライブが完全にイカレていた。9801を開けてみると………

魔窟と化していた。

まあ、今と違って時折開けて掃除したりはしなかったし、押し入れに無造作に入れておいて、しかも昔はヘビースモーカーだったから、ヤニまみれの埃が電子回路を覆っていた。

そういえば昔、PCが壊れたので家電量販店で買い替えたとき、前のPCを下取りで引き取るというので、持って行ったら、担当の人が中を開けて思わずのけぞった。

未確認生命体が

住んでいるのではないか

と思うほど、ひどかったようで。煙草のヤニがケーブルをコーティングし、それが熱で溶けてカラメルのようになっていた。そこに先述したヤニまみれの埃が粘着。

 

オマケに中で、どういう拍子に潜り込んだかわからないが、

虫が一匹カラメルで

動けなくなって

死んでいたらしい。

善意で特別下取り価格780円。

 

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話は今回のPC9801に戻って、じゃあ開けたところで直す術があるかというと、何もなく、

昔のジジイババアが、テレビが映らなくなったときにしたように、

叩く。

そして再起不能にする。

でも、言い訳じゃあないですが、今のPCよりもずっと中身が複雑。

このPCは高校時代、一世を風靡した「同級生」から発禁となった「沙織」まで、数多のエロゲをプレイした青春の1ページ。とはいえ使えない以上、もう処分するしかない。何となく捨てずに取っておいたのですが、後にもう一度本気で使おうなどと考えていたわけでもなかったので、保管が杜撰だったのが悔やまれます。ただ、キーボードとケーブルは今後ヤフオクで購入するつもりのPC98で流用するため処分せずそのまま保管。

というわけで今度はディスプレイだけあって肝心の本体がない有様。通電しましたが後は未確認というジャンクであれば2、3,000円でゴロゴロ出品されていますが、ちゃんとドライブ起動が確認できたものになると1万円前後になる。

とはいえ昔はPC9801なんて中古でも1万円やそこらで手に入れられるような代物ではなく、このDXだって16ビット機であるにもかかわらず定価318,000円。大須の家電量販店で購入したので、定価よりは幾らか安かったとは思いますがそれでも新品で購入。我が家は特別バブルの恩恵に浴したわけではなかったのですが、30万前後のPCをエロゲしかやらないような不出来な高校生の息子にポンと買ってあげるなんて、今では到底考えられません。

日曜東京メイン「ユニコーンS」(3歳GⅢ)予想

ユニコーンSの予想を。最近は中央のGⅢなんてあまり買わないのですが、「ジャパンダートダービー」を占うレースということで。

全日本2歳優駿」勝ち馬ルヴァンスレーヴ以外の馬は輸送経験あっても栗東の馬になってしまうので、鞍上もデムーロだし、東京ダート1600メートルも勝ち鞍がある。休み明けの伏竜S2着ですが、勝った馬はここには出ず、追い切りが今一つと言われてはいますが、逆らわないのが無難か…とはいえ、ソエの不安を抱えながらも、萩原厩舎にしては手加減なく追い切りを行ったとは思いますが、本命にするにはどこか不安もあります。

というわけ本命はハーベストムーン。左回りも関東遠征も初めてという、ルヴァンスレーヴとは対照的なリスクがありますが、一週前に抜群の時計を出した。輸送もあるので直前は軽めでもOK。コマビショウに0.7秒差つけられたくすのき賞(500万)が小回りの小倉だと考えれば、東京はいけるはず。

対抗にルヴァンスレーヴ、単穴に鳳凰Sでハーベストムーンと差のない競馬をしたグレートタイム。コマビショウは伏竜S鳳雛SとOP戦で連続3着は評価できますが、マイルは初めてで、最短が小倉のくすのき賞1700メートル。距離短縮が吉と出るか凶と出るか。後左回り未経験なのも不安要素。グリムは中京のはこべら賞(500万)で7着で敗れるところに、脆さを感じさせなくもないですが、今回と同じコースの青竜Sで強豪スマハマ(現在故障で休養中?)を破ったのは見逃せない。

穴馬指名にエングローサー。2歳時に新潟2歳S4着だったりベゴニア賞(500万)で僅差の2着と芝のレースでもそこそこでしたが、ダートで徐々に開花、2走前に3着とはいえグリムに0.8秒差と完敗しましたが、前走500万条件は後方から上がり最速で勝利。ダート3走目で真価を発揮できるか。

(単勝人気とオッズは前日のもの)

◎4枠8番 ハーベストムーン(戸崎/4番人気 7.2倍)

〇7枠14番 ルヴァンスレーヴ(デムーロ/1番人気 2.7倍)

▲3枠5番 グレートタイム(ルメール/3番人気 6.7倍)

△5枠9番 コマビショウ(武士沢/6番人気 16.0倍)

△4枠7番 グリム(川田/2番人気 3.8倍)

✖6枠12番 エングローサー(田中勝/8番人気 32.3倍)

 

買い目は8を軸に三連複5、7、9、12、14に流して10点。

中野省吾騎手について思うこと。

南関で騎手免許の更新がされなかった中野省吾(元船橋)がマカオで騎乗するらしい。

昨年「ワールドオールスタージョッキーズ」にまで出場した名手に何があったかはわからない。どうも投げやりっぽい言動も見られなくはないのですが、元々エキセントリックなキャラクターだったわけではない。私個人は笠松に短期騎乗で滞在していたときの活躍が未だ鮮明で、南関に帰るときは「どうせ帰っても騎乗機会に恵まれるわけじゃないんだから、このまま笠松に居座っちゃえよ」と思っていたので、後に南関でブレイクしても意外には感じませんでした。むしろ「名手・名馬の里で鍛えられると中野みたいに上手くなる」と勝手に思ったりもしたのですが、以降来た若手たちはなかなかそうもいかないようで…確かに中野は初日から違っていた。今滞在している高橋昭平もなかなか勝てないのですが、個人的にはもっと勝ち負けに絡める馬に乗せてあげて下さい、と言いたい。

話は中野に戻すのですが、騎手免許が更新されなかった後、無断で調整ルームから出たことで騎乗停止になったこともありました。勿論許されるべきことではないのですが、個人的にそのときの心境はわかる気がして、あまり責める気にはなれなかった。私自身、今まで繰り返し挫折を経験し、さすがに死にたいとは思わずとも、この世のすべてが嫌になったこともありました。そのとき投げやりになってルールに外れた行動―最近あった忌まわしい極端な事例は別として―をとるかそうでないかは、機会があったかどうかに過ぎず、不運にも中野にはそんな機会が転がり込んできたし、そこで踏みとどまれるだけ人生の修練をまだ積み重ねていなかっただけのこと。

私の場合、その後数年不遇が続くのですが、幸いなことにその間、ニコマスやこのブログ(前身含む)を通して知り合った多くの方―ネットだけでの遣り取りの方もいるし、実際にお会いした方もいる―に支えられて何とか乗り切った。その過程で来る方去る方いましたが、案山子(あんざんし)さんという、この世から去られた方もいた。彼の中学時代の同級生は、今年エルノヴィオという馬で「岩手ダービーダイヤモンドカップ」に挑み2着でした。

中野もマカオでやり直せる機会を得られたのだから、そこで支えてくれる人々に出会えればいいと思います。私は騎手免許が更新できなかった事情やその後のエキセントリックな行動について、わからないし、事情を探ろうとも思わない。やり直す過程で、振り返るだけの余裕を得て「あのとき自分は軽率だった」と反省できればそれでいいし、それで間に合うだけの若さがまだある。そんでもって機会あれば短期でまた笠松で乗って欲しい。当時と違い、渡邊や水野という粋のいい若手がいるので、彼らへの刺激にもなるし。

今更「東海ダービー」回顧

ここ暫く更新が途絶えておりました。仕事が忙しく、度々寝落ちする―1時間くらい仮眠をとろうとアラームをかけ、リクライニングチェアを倒したら3時半頃に目を覚まし、このまま起きていたら寝るのは6、7時になって翌日の仕事に支障をきたすというわけで、結局そのままフラフラとベッドに移動する―こともあるのですが、文章を記すのが遅く、主観的にそれなりに見栄えする文章を書こうと思ったら一晩では足りない。本当は競馬予想も前日ではなく、もう一日前から下書きしておくべきですが、2日かけたところで的中率は変わらないでしょう。

というわけで今更「東海ダービー」について語るのですが…観てまず思ったことが

まずい…どうしよう。

「ぎふ清流カップ」の後、このブログで笠松と藤原幹生をボロカス酷評した手前、無敵と思われたサムライドライブを倒したときは正直蒼白になりました。私のブログを笠松の関係者が見ている可能性は低いですが、それでも個人的心情として、今後「どのツラ下げて」笠松競馬場に行けばいいんだ?というのがある。何もなかったかのようににこやかな顔して「笹野先生、ダービー制覇おめでとうございます」と言えるほど人間器用にできていないのです。オマケに実は「東海ダービー」、予想はしなかったのですがダメ元でビップレイジングとドリームスイーブルの単勝だけ応援馬券でちょっと買っていました。ビップレイジングは単勝1,700円。「ぎふ清流カップ」の負け分を返されてますます困惑。ちなみに私が馬券を買った午前11時頃は、ビップレイジングは単勝万馬券でしたw。

まず、サムライドライブについては「梅桜賞」や「駿蹄賞」での、丸野の強引にでもハナを主張する騎乗を見て、この馬、もしかしてハナで他馬を引っ張る形でないと自分のレースができないのでは?と思いました。「ゴールドウィング賞」では番手から抜け出しましたが、その後は常に逃げ切って勝っている。「東海ダービー」まで10連勝。連勝が重なるほどにファンや名古屋の関係者の期待も高まってくる。そうなると戦法が縛られてしまう。逃げて強い勝ち方をしている以上、控えて負ければ主戦丸野は袋叩きに遭う。私はオーナーがどういう人(法人)か知りませんが、怒って降ろされてしまう虞すらある。「東海ダービー」のレース前から、陣営が「ジャパンダートダービー」を自重するような話を耳にしましたが、それは中央や南関の馬相手にハナは獲れず、そうなると脆さを露呈してしまうからでは?と。さすがに大井で「駿諦賞」のような乗り方をするのは無理があるし、更には顰蹙を買いかねない。10連勝重ねて地元では無敵でも、果たして中央や南関馬相手にどこまで?という疑念はありました。サムライドライブが弱いというより、相手が弱すぎる。とはいえ弱メン相手でもここまで鮮やかな成績を重ねていれば、大きな舞台に挑戦したいという冒険心よりも、惨敗することによって経歴だけでなく走りのリズムすら壊してしまうリスクの方が先に立ってしまいます。牝馬なのだから浦和「桜花賞」辺りで一度真の実力を試してもらいたかった。

戦法が縛られてしまっていることがサムライドライブの弱点だと思ったのですが、「東海ダービー」はほぼ100%勝つと思っていました。というのも、出馬表を見て、「これは名古屋勢の”忖度レース"になる」と踏んだからです。

忖度といってもどこかの大学の獣医学部のような出来レースではない。サムライドライブが11連勝で無敗の「東海ダービー」馬になればそれは話題になるでしょうが、その空気を読む読まない以前に、普通にサムライドライブには勝てない。「梅桜賞」のチェゴのように勝負を挑んでも最後は潰されてしまう。「ラブミーチャン記念」、「ライデンリーダー記念」を佐藤で勝っているチェゴの鞍上藤原幹生は、テン乗りながら、良くいえば果敢でしたが、悪くいえば蛮勇。無理をしなければ2着を狙えた。それが結果4着。オーナーの怒りを買ったのか船橋に移籍されたのですが、そればかりかその後、現時点で未だレースに使われていません。

無理をすればサムライドライブを潰すことはできても、自らも潰れるのは必定。空気を読まないことで得るものは何もない。だったらハナからいないものと思って着狙いの競馬をすれば、2着賞金、3着賞金を稼げる。笠松勢が、同郷の馬を勝たせるべく相討ち覚悟でハナを奪いにかかる可能性はありましたが、3頭ともハナに立ってどうこうというタイプではない。一番有力と思われるドリームスイーブルはサムライドライブに幾度も負かされていて、勝負付けも済んでいる。鞍上も岡部で、チェゴの藤原と同じ轍を踏むとは思えない。おまけにサムライドライブは今回2番枠で「梅桜賞」や「駿蹄賞」と違ってえげつない斜行をせずとも楽にラチ沿いでハナを取れる。

ところが蓋を開けてみると同じ名古屋勢が数頭、序盤から単勝元返しのサムライドライブに絡んできた。若手村上の乗るキンショーウィーク、佐藤のユーセイスラッガー。後者は鞍上は笠松ですが、これまでも倉地師に乗せてもらって、それなりに結果も出している。相討ち覚悟で潰すというよりも、キンショーウィークにやらせておいて美味しいどこ取りを狙ったつもりが、自らも引っ張られてしまったといったところか。ハナこそサムライドライブが確保したものの、キンショーウィークらは道中ずっと厳しくサムライドライブをマークし、自然とペースも速くなる。2週目3コーナーでサムライドライブに並びかける。1900メートルという東海公営では長丁場、サムライドライブをもってしてもこの展開はさすがに厳しいか―この辺り、佐藤は一瞬夢を見たかもしれない―と思えましたが、やはり器が違った。迫る2頭を突き放して先頭に。そのまま独走かと思ったのですが…。最後大外からとんでもない末脚で一頭やってきた。「新緑賞」の再現。

「駿蹄賞」が1800メートルに短縮されたことから、昔と違い100メートルの延長が未知的要素となりました。この100メートルがサムライドライブにとって命とりだったのかもしれませんが、100メートルでこんな負け方するようだと、これから先「名古屋グランプリ」はおろか、「名古屋大賞典」で中央馬を迎え撃つのは厳しい。さりとてスピード勝負の「かきつばた記念」で中央馬相手に先手を取れるか…。まだ1敗しただけなので、ここで悲観的になるには早いか。できれば11月の「東海菊花賞」辺りでカツゲキキトキトと対戦し、その力を測ってもらいたいところ。

案外なのはドリームスイーブル。岡部の控える"忖度競馬"が裏目に出てしまい、道中の位置取りの割に直線伸びず、結果4着。とはいえ前にいたとしても3着。手堅いけれども決め手に欠ける難しい馬。3着ウォーターループは安定した競馬ができるというより、鞍上の友森翔太郎がしっかりした競馬ができるようになりました、やっぱり騎手は地道に長く続けていくのが大事。

最後に勝ったビップレイジング。大金星とはいえ、「ぎふ清流カップ」と対照的に、展開に恵まれていた点もある。時計的には名古屋は砂が重く、良馬場だったのであまり他場と比較して云々するのは難しいのですが、「ジャパンダートダービー」に出たとして苦戦は必至。とはいえ2010年エレーヌ以来の笠松のダービー馬。個人的には中央の若駒SヒヤシンスSに出たくらいなのだから、「ジャパンダートダービー」に出て欲しいと思います。馬券的には中央馬でしょうが、それとは別に地方各地のダービー馬が一堂に会し、戦う姿を見てみたい。そうなれば私にとっては中央の日本ダービーよりずっと見ごたえがある。正直、出馬表の発表を今か今かと待ち望むようなレースは、今は地方競馬にしかないのです。ただ、今年もどれだけのダービー馬が集まってくれるか…。