粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

地方競馬のプライドを救ったヒガシウィルウィン

水曜日の競馬の結果

大井競馬「ジャパンダートダービー」…カスP 三連複3,050円的中(11点)

逆神の権兵衛 三連複3,050円的中(10点)

1着 4番ヒガシウィルウィン(5番人気)カス△ 権◎

2着 8番サンライズソア(4番人気)カス△ 権△

3着 3番タガノディグオ(2番人気)カス△ 権〇

勝ちタイム 2:05:8(良)/昨年の勝ちタイム 2:05:7(キョウエイギア・良)

レコードタイム 2:00:4

 

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カス:やよいさん、お訊ねしたいのですが…我々ふたりとも的中でプラス収支なのに、何故反省部屋に呼ばれるのでしょうか?

やよいさん:ジャパンダートダービーといえば、上半期GⅠのラスト、つまり予想対決の上半期クライマックスですよぉ。それをおふたりさん、ちゃんと理解してるんですかぁ?

権兵衛:ですからちゃんと当てたのですが…特に私はヒガシウィルウィンを本命に…

やよいさん:

しゃあらっぷですぅ!

ふたりとも、このクライマックスを盛り上げようという気はさらさらないんですかぁ?

なぁにがヒガシウィルウィン本命ですかぁ?馬券はチキンなボックス買いで、三連単ならともかく3,000円ちょっとの三連複当ててもちっとも面白くありませぇん!

東京ダービーを勝てなくても、交流GⅠのJDDを勝つ!そう信じて

7000勝ジョッキーの乗る馬と心中しようという侠気はないんですかぁ?

権兵衛:いくら何でも的場の馬と心中するのはちょっと…

それにプロデューサー、サンタンバとサザンオールスターに敬意を表するというなら、

サンタンバとサザンオールスター2頭軸の総流しをどーしてやらないんですかぁ?

カス:的場以上にそれはあり得ません……

やよいさん:ふたりとも、上半期のGⅠの成績はどうでしたかぁ?まじめに予想して当たらないか、当たってもしょっぱい配当しか得られないなら、せめて最後くらい

一発ネタかまして

華々しく

散りなさい!

 

全国のダービー馬が中央勢に怖れをなして出て来なかった「ジャパンダートダービー」を制したのは、地方のダービー馬で唯一参戦した「東京ダービー」馬・ヒガシウィルウィン。2010年マグニフィカ以来の地方馬「JDD」制覇以上に、地方は腰抜け、所詮中央の2軍と中央競馬のファンから嘲弄されても仕方なかったはずの今年の「JDD」、地方競馬のプライドをこの馬が救った。

私は南関にあまり詳しい方ではないので、実は本田正重という騎手はあまりよく知らないのです。ただ、戦国武将のような名前にインパクトがあったので、前々からその存在は知っていました。

実際、"田”と”多”が違うだけの、本多正重という戦国武将が実在しました。徳川家康後半生の股肱の臣・本多正信の弟。兄は智謀の士だったのですが弟は剛勇ぶりを織田信長にも賞賛され、槍一本で城持ち大名になれる素質を誰からも認められていました。ところが口が悪く、主君家康に対してすら容赦ないのだから、同僚たちとうまくいくはずがなく、家康にも嫌われ、やがて出奔。その後様々な大名家の許を転々とします。最後は1万石の大名になりましたが、死後2000石削減され、子孫は大名の座から旗本に格下げされた。どうもこれは正重本人の希望だったという説があり、大名になっても最後まで官位を拒み通した正重は、大名という格式が却って子孫を後々苦しくさせると考えたのかもしれません。兄の正信が死んだ翌年(1617年)に彼も世を去り、生きて甥の正純の運命を知ることはなかったのですが、家を保つという点では正重の判断は正しかったのかもしれません。

一方、正信の次男に政重という、よく似た名前の人物がいて、彼も前半生は叔父の正重と似ている。大河ドラマ天地人」にも登場したのですが、各地の大名家を転々とした末に直江兼続の養子となり、実子景明の死後、直江家を継ぐはずだったのですが、縁組は解消され上杉家を去りました。これは兼続が自身の家をわざと断絶させることによって、苦境にあった主の上杉家の負担を軽くする意図があったようで、直江家から追い出される形になっても、政重は兼続の思いを汲んだのでしょう、その際上杉家や直江家の家臣を多く引き取って出ていった。それからすぐ加賀百万石の前田家に迎えられて、以降は死ぬまで利常、光高、綱紀の三代に尽くし、子孫代々5万石の家老職に任じられましたが、その”加賀八家(金沢藩創成期に特に功績あった八つの家)"本多家を支えたのは旧上杉、直江家臣の子孫たちが中心でした。

閑話休題。話をジョッキーの本"田"正重に戻しますが、南関ではリーディング14位、地元船橋では3位。だから南関でも上位の騎手なのですが、地味な印象が拭えない。負傷した主戦が森泰斗だっただけに、不安が囁かれていた。ただ、私は本田への鞍上交替がマイナス材料とは思わなかった。森の不在は当日のアクシデントではなく、前々からわかっていた。当日「JDD」は赤岡、真島、中野が空いていたし、そこで敢えて本田に手綱を任せたからには、確かな勝算あってのことだと…と記すと格好いいのですが、まあ実際のところは、南関に疎いので特に違和感なく受け止めたということです。これが東海の馬であれば、騎手を一通り知っているだけに、例えば岡部誠が他の誰かに替わったら「おい、大丈夫なのか?」と不安になっていたでしょう。ちなみにS藤友則やY井友彦は、乗り替わり以前に彼ら自身に不安いっぱいなので、他の誰かに替わってもあまり差はないような。

レース後に本田は「JDD」の騎乗を告げられてから「毎日この日のことを考えていた」とプレッシャーを明かしましたが、直線に入ったときに4番手くらいで外を回せという陣営の指示を忠実にこなし、直線中央勢が激しい攻防を繰り広げていましたが、そこを外から猛烈な追い上げでかわし、最後クビ差でサンライズソアに先着。比較的乗りやすい馬だそうですが、何だかんだ言いながらプレッシャーに押し潰されることなく陣営の指示通りに乗った本田の胆力こそが、森の代打に指名された一番の理由のかもしれません。

今年の中央勢はレース後の各陣営のコメントから窺うに、1800メートルまではいけても、残りの1ハロンが微妙に響いたような感触でした。2~6着の中央勢が経験したダートで最も長い距離は「兵庫CS」の1870メートル。最後直線で激しい追い較べを演じたのですが、最後の最後でリミットに達して脚色が鈍り、そこを外からヒガシウィルウィンにかわされた。かくいうヒガシウィルウィンも「東京ダービー」で2000メートルを制しているとはいえ、父は典型的短距離馬のサウスヴィグラスサウスヴィグラス産駒で生産がグランド牧場とくれば、ラブミーチャンを思い出しますが、完全なスプリントのスペシャリストだった。ヒガシウィルウィンはサウスヴィグラス産駒の傑作であるとともに異端なのかもしれません。

遡ること7年、2010年に「JDD」を制した、ヒガシウィルウィンと同じく船橋所属(川島正行厩舎)だったマグニフィカは、その後は不振に喘ぎ、吉田照哉に見捨てられて笠松都落ちしてきた。笠松では「オグリキャップ記念」や「名古屋でら馬スプリント」等に出たものの、そこでもかつての輝きを取り戻すことはできず、今度は兵庫に流れる。その頃にはもう「JDD」馬の面影は欠片もなく、出走手当を得るためだけに酷使され続け、11戦連続殿負けという成績を残し、今年6月のC3を最後に引退しました。幸いにも引退後乗馬として第2の馬生を歩むことができたようです。