粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

アヤしい競馬専門紙(?)とJRA新規調教師

11月23日に笠松競馬場に行ったとき、「愛馬会」売店にこんな配布物がありました。

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私ははじめ、どこかの大学の競馬サークルが配布しているものかと思ったのですが、訊いたところ、どうも年配の人物が置いて欲しいと持参してきたらしい。「愛馬会」は笠松競馬開催日しか店を開けていない―中央競馬開催日は閉まっている―から、インフォメーションセンターに頼んで置いてもらっては?と提案したそうですが、先方は「愛馬会」が開いているときだけでいいということだったので、置いているということでした。もしかしたら、先にそちらに行って断られたのかもしれない。…とはいえ、「毎週土曜夜発行」とあるし…レースが終わった後の予想紙を置いて欲しいということなのだろうか?それに笠松競馬は毎週開催しているわけでもないし…よくわからない。

 

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でも、読んでみると結構面白い。サクライ氏という御仁の予想の前振りが、

昭和歌謡のアイドルで出発し、今も女王でいる岩崎宏美さんの誕生日(11/12)に行われているエリザベス女王杯

そうくるか!?

それに上掲の漫画、刑事物語とは、思わぬところから飛び道具。


刑事物語 (1982) - 劇場予告編

 

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後藤師夫人や笹野師夫人には、インチキ予想会社への誘導とかでなければ、紙面も読みやすいかどうかは置いといて面白いし、置いてもいいんじゃないですか、と言ったのですが、それでも後日一応調べてみたところ、別の意味で相当アヤしいことが判明。上掲の予想を記したラショウ氏、あの伝説のファミコンゲーム


[ゲーム動画] ボコスカウォーズ OP~ED (1985年 ファミコン)

ボコスカウォーズ

を作った人物。あれは私、子供の頃、相当やり込みました。最近PS4で「ボコスカウォーズ2」が出て、買おうか本気で迷っている次第。

その後も色々と奇抜というか面妖というか、精力的に(?)様々な活動を行っているらしく、イメージとしてはガムテープ詩人の森耕氏宇宙サービスようなものか?予想担当の香山哲氏も有名な漫画家・イラストレーター(上の「刑事物語」の漫画は香山氏ではなく何野周という人物が描いている)。

写真右下に写っている「ドグマ出版」という神戸にある店ならレース前にこの「快刀ゾロ目」を入手できるのでしょうが、そこももうすぐ畳むらしい。しかもこの予想紙自体、12月2日付のツイッター

ありがとう次号最終号

ってどういうこと!?

 

閑話休題JRAが調教師試験の合格者を発表。計5名。今年は現役騎手の合格者はなし。

石坂公一師はヴァーミリアンら名馬を輩出している石坂正師の息子ですが、自身は羽月厩舎に所属。坂口智康師は坂口正則師の息子。稲垣幸雄師は萩原清厩舎の助手。加藤士津八師は元騎手で、騎手時代は名手と謳われた加藤和宏師の息子。上村洋行師も元騎手で、スリープレスナイトスプリンターズSを制しています。上村の父は厩務員なので、5人中、稲垣師を除く4人が競馬関係者2世。政治の世界と似てなくもないですが、決定的に違うのは、父親にどれだけ名声があろうと、当人がダメならすぐに沈んでいくところ。芸能界程度には七光りがあって、最初は父親の縁故で馬が入厩してくるでしょうが、社台やキャロットファームラフィアンら、ビジネスライクなクラブ馬主が幅をきかせている今は、それもあまりアテにならないかも。

 やっぱり一番の注目株は上村なのでしょうか。現役時代に印象的だったのは、スリープレスナイトよりも、代打騎乗のアドマイヤグルーヴ。2005年エリザベス女王杯で、その前は天皇賞秋、同じく上村だったのですが17番人気17着。今でこそ牝馬が混合GⅠで活躍することも珍しくはないのですが、当時はやはり牡馬と牝馬の間には厚い壁があった。母親(エアグルーヴ)のようにはなかなかいかない。でも牝馬のみのエリザベス女王杯となると話が違う。今だったら外国人騎手だったのかもしれませんが、引き続き上村が騎乗。

オーナーの近藤利一氏は武豊藤田伸二と関係を断絶したり、世間の耳目を集めていた頃の三浦皇成ともトラブルがあった。癖の強い人物のようで個人的には好きではないのですが、昔の「旦那」的オーナーで、良くも悪くも理より情を優先させる。上村がスリープレスナイトで脚光を浴びるのはまだ先の話で、近藤氏なりに、後述する苦難を乗り越えた上村に、大舞台で目立たせてやりたいという思いやりがあったのかもしれません。ネット上でも、上村で大丈夫なのか?という声はあちこちからあがり、馬自体も全盛期は過ぎていましたが、4番人気で3着と、引き立ててくれたオーナーの顔に泥を塗ることもなく、主戦だった武豊にラストランへの手綱を引き渡すことができた。

2003年に「黄斑上ぶどう膜炎」という目の病気を患って手術を繰り返し、雑誌で闘病の様子を読んだのですが、手術後、一日中ずっと下を向いていなければならない時期があった等、かなり大変だった。苦難の坂道を上り続けた末に絶景が見える…とは人並みな表現ですが、それがスリープレスナイトでのGⅠ制覇だったのでしょう。

2014年、調教師を目指すべく引退。騎手であるときに調教師試験を受験したのですが不合格。現役騎手のまま合格するのは難しいと悟ってのこと。現役中に合格した松永幹夫師や武幸四郎師、石橋守師は頭がいいのかそれともかなり前からコツコツと勉強していたということか。

JRAのHPで公表されているプロフィールで、現役時代印象に残っている馬としてスリープレスナイトの他にサイレンススズカを挙げていますが、私よりひとまわり上の代の競馬ファン―主にダビスタ世代―になると、サイレンススズカの能力を引き出せなかったダメな騎手…というイメージがつきまとってしまうようで。

そういえばせり……いや、何でもない。