粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

去り行く「博打の賽子」

先週12名の調教師が引退しました。美浦栗東それぞれ6名。うち定年10名、二ノ宮敬宇師(美浦)と柴田光陽師(栗東)が勇退

顔ぶれを見ると、全員知っているな…って、競馬ファンなら全員知っていて当然だろと突っ込まれるかもしれませんが、ここ数年は中央競馬への関心が希薄になりつつあり、新鋭の調教師で、こんな人いたっけ?という人が結構いる。昔プロ野球に夢中だった頃、セ・パ両リーグとも全選手のみならず、各チーム主だったコーチ陣も網羅していたように、競馬も全調教師とそこの竈馬(稼ぎ頭の馬のこと)は把握していたものです。

凱旋門賞制覇に最も近づいた二ノ宮師、騎手時代は「マムシの市三」と呼ばれ、テイエムオペラオーを管理した岩元師。池上昌弘師は毎年コンスタントに一定の勝ち星をキープしながら、意外にも12人の中で唯一重賞未勝利で終わりましたが、「崖っぷちジョッキー」谷中公一氏の著書の、谷中現役引退のエピソードで登場したのを覚えています。彼の結果的に最後になったレースの騎乗馬を管理していた。谷中氏と親しかった息子の昌和氏が現役調教師として既に活動しています。

何より「ああ、この人が引退するのか」と感慨深かったのが小島太師。スタージョッキーだった時代から調教師時代まで公私色々あった人で、大川慶次郎から人格否定されたこともあった。オマケに騎手になった末っ子が見事なネタキャラw。晩年の竈馬ディサイファ札幌記念勝利(2015年)で大儲けさせてもらったこともありましたが、進軍ラッパに騙されて痛い目みたことも結構あった。タチの悪いことに良太助手ら息子たちもラッパ吹きを受け継いでいるようで、ディサイファにとっても最後のレースとなった中山記念、これまでで最高の出来だと。何度「最高」が更新されるんだ?と思いながらも、ここ数戦、善戦したレースもあったので一発を期待して買って撃沈。位置取りは悪くなかったのですが、前残りのレースで残れなかったのだから、馬にもう力がなかったということでしょうが、最後の最後、久し振りに進軍ラッパに踊ったことにどこか懐かしさすら感じました。

小島太師の言葉で印象深いのは、田原成貴氏の著書にあった騎手時代の台詞「俺たちは博打の賽子だ」

自虐ではなく、見る者も含めて皆が「勝負」をしている世界に生きる男の自負を感じました。私が競馬をはじめた頃、小島師は既に調教師に転身し、田原氏は競馬界そのものから去っていましたが、当時の競馬場は良くも悪くも鉄火場の空気が濃かったと思います。騎手たちは上下関係が色濃く、後輩が先輩のブーツを磨くなどということも普通だった一方で、先輩は後輩に、悪い遊びも含めて色々教える。ときには馬主を紹介したり面倒を見たものです。

今の1.5流の騎手たちは「博打の賽子」どころか半分タレント気取りで、レース前に調教師に指示された戦法を、蓋を開けてみると展開がまるで合わないのに忠実に従い、レースが終わると「展開が向かなかった」。後輩の面倒をあまり見ないのに、某大手競馬サイトの若手騎手との対談では先輩面する。私がアンカツ佐藤哲三が好きだったり、乱暴な騎乗を繰り返しても岩田を嫌いになれないのは、どこか鉄火場時代の騎手の臭いが残っていたからかもしれません。そういえば岩元師の騎手時代を「マムシの市三」といいましたが、今「マムシの」などというえげつないふたつ名を持つ騎手などどこにもいない。「ハムスターの祐一」なんてのはあるのかもしれませんが。

昨今カジノ解禁に向けた動きに伴い、ギャンブル依存症がクローズアップされ、ギャンブルが必要以上に悪く見られていますが、やっぱり競馬はギャンブルだから面白い。馬に乗る方も、それを見る方もそれぞれ「勝負」をしている。

最近私は競馬でハズれると嫌な気持ちになる。賭けに負けたからではなく、お金を失ったから。賭けに負けるからお金を失うのであって、同じじゃないかと突っ込まれそうですが、以前はもっと多くのお金を失っても、悔しいけれど嫌な気持ちにはならなかった。「悔しい」というのは「次こそは!」と思わせる(それが度を超すと依存症になるのですが)。「嫌な気持ち」というのはやる気が萎えてしまう。

どうして「嫌な気持ち」になるかというと、明白で、自分が真剣に「勝負」をしていないから。中途半端な予想で挑んで負けると、お金をドブに捨てた気になる。学生時代、

アダルトビデオを買ったが

思い切りハズレを引いてしまった

ときの、お金を無駄にした気分に似ていなくもない。半分は自己嫌悪。

「働いて得た大事なお金を賭けている」という意識が足りないから予想もどこか抜けている。一方で、渾身の予想でハズれれば、悔しいけれどお金を無駄にした気にはならない。レースまでの過程が充実しているから。

だから自分自身の問題なのですが、「ここで勝負だ!」とアドレナリンを噴出させるレースが少ないのも事実。昔ほど騎手たちから「勝負」の気配を感じないからか。それに出馬表を見ても「これは面白そうだ」というレースが少ない。特に今週のチューリップ賞弥生賞は出馬表を見て萎えました。そりゃあ、笠松はフルゲートで10頭立てだけどさ……。まあ、デビュー戦が弥生賞というヘヴィータンクがどれだけやってくれるかが楽しみといえば楽しみですが、これとて「興味」に過ぎず、「勝負」とは違う。

ただ、私も文句たれているばかりではなく、忙しい合間に時間を見つけては馬場や調教、血統など色々な競馬関係の本を買って勉強し直しています。それらで得た知識を駆使して「勝負」すれば、以前のような充実したレース前日を送れるかもしれない。もっとも、競馬というのは厄介なもので、知識があればあるほどそれに振り回されて疑心暗鬼に陥り、的中から遠ざかったりするのですが…。