粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

ビリー・ヘリントン氏追悼

「持続可能な発展」という言葉があります。「発展」を「開発」に置き換えることもありますが。世界経済がこのまま拡大していくと自然環境が破壊され、やがて人類は破滅する。とはいえ経済も自転車と同じで、もう止まることは許されない。止まれば別の意味で破滅する。環境を保全しながら経済発展を続けるという二律背反を現実のものにしなければならない。

先日、競馬はギャンブルだから面白いと述べましたが、一方でギャンブルをやらない人にも受け容れてもらえないといけないと私は思っています。馬券の売り上げを伸ばさなければ経営は成り立たない。しかし政府や一部の首長たちが作りたがっているカジノやパチンコ屋と同じ、単なる賭博場のままでもいけない。競馬をやらない人も「お客さん」であり得る施設であるべきだと、それこそ「持続可能な発展」と同じような命題がある。何故なら、今のように上げ潮ムードならいいのですが、いつまでも続くとは限らない。世界情勢が不安定な中、日本経済はいつ暗転してもおかしくない。再度存廃問題の渦中に放り込まれたとき、存続の是非に、地域の競馬をやらない人たちの理解を得られるかどうかは大きな鍵になると思います。荒尾競馬のときは、地域住民は競馬場をとりわけ敵視しているわけではなかったのですが、無関心だった。射幸性とは別次元で、地域住民たちに必要と思わせる付加価値を何か見出さなければならないと私は思っているのです。

 

閑話休題。競馬とはまったく関係ない話。3月2日にビリー・ヘリントン氏が交通事故で他界したという報に接しました。享年48歳。「ニコニコ動画」をよく視ていた人でなければ「誰それ?」と首を傾げる。

ある方のコメントの返信でちょっと触れたのですが、2008年は私にとって最悪の年でした。仕事で心を壊し、それと因果関係があるのかどうかはわかりませんが緊急入院して集中治療室にぶち込まれ、担当医師から次は命の保証ができないとまで言われた。以後2年ほどは経済的にも困窮するのですが、そんな中私を支えたのが、実はその年の夏に始めたニコマス―ゲーム「アイドルマスター」の二次創作動画―でした。逆境だからこそ制作活動に打ち込めたし、作品に対する反響が、悪夢のような日々の中、たとえイロモノ扱いでも自身の存在を認めてくれるという、心の拠り所でもありました。このブログの前身は、最初は同じ動画制作者―ニコマスPの作品を紹介したり、自身の作った動画を解説したりすることが主で、競馬はむしろ副次的なものでした。そして当時同じ「ニコニコ動画」で一世を風靡していたのがビリー・ヘリントン氏の所謂「ガチムチパンツレスリング」だったのです。

要はヘリントン氏主演の風変りなゲイ映画を面白半分で編集して、あちらこちらでパロディ動画が作られたわけです。マッチョマンの同性愛という特異なものを笑いのネタにするのは差別だったのかもしれませんが、そこには玉石混淆なれど陰湿なものはなく、むしろ同性愛者たちが「ホモ」といういう言葉を嫌い、「ゲイ」という陽気で前向きな言葉で自身たちを称したことを思えば、陽気なバカ動画でゲイに属する人たちをむしろ身近で親しみやすい存在にしたともいえる。当時日本国内では「ニコニコ動画」は「YOUTUBE」を凌ぐ人気ぶりで、ネットユーザーたちの間に一気にその存在は広まりました。ヘリントン氏自身、幾度も来日して「ニコニコ動画」のイベントに出演、ファンサービスで場を盛り上げたり、大手ホビーメーカーがパンツ一丁のヘリントン氏の可動式フィギュアを製作、販売したりもしました。石橋貴明演じる「保毛男田保毛男」に、LGBT(レスビアン、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダー)の団体が執拗に噛みつき、それが却って彼らを難しい人たちだ、触れない方がいいという風潮に向かわせてしまったのとは対照的。

「ゲイだろうが、ストレートだろうが、男とか女とか関係ない。楽しもうぜ、それが人生ってもんだろう」

と来日時にファンたちに語っていたそうですが、「北風と太陽」を彷彿とさせる。クレームという「北風」では、真っ当正論で頭では理解されても、心を開けることはできない。結局人の心を開かせるのは、ばかばかしいナンセンスなものであっても、笑いという「太陽」だった。ちなみに私が好きな俳優のマット・ボマー(「ホワイトカラー」のニール・キャフリー役で有名)も堂々ゲイです。

ニコマス動画と所謂「ガチムチ」とのコラボも少なからずあり、その中にはこんな傑作(?)があったりする。

この風変わりなゲイが、当時奈落の底で朽ちてもおかしくなかった私を、ニコマスとともに救ってくれたともいえます。「保毛尾田保毛男」は存在を否定され、抹殺されましたが、「兄貴」はこれからも「ニコニコ動画」の中で生き続けるでしょう。

ビリー・ヘリントン氏の冥福を、心よりお祈りします。