粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

テイエムオペラオーの時代の、馬主と調教師

日曜日の競馬の結果

中央東京「オークス

1着 13番アーモンドアイ(1番人気) カス◎ 権〇

2着 1番リリーノーブル(4番人気) 権△

3着 ラッキーライラック(2番人気)カス〇 権▲

4着 10番レッドサクヤ(11番人気)カス▲

5着 3番マウレア(6番人気)カス△ 権×

6着 8番サトノワルキューレ(3番人気)カス△ 権◎

7着 パイオニアバイオ(9番人気)カス✖

 

カスP、2着馬を除き、

7着まですべて印を打ち、

しかも着順が印の順番通り。

でも大ハズレ!

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ヒャッハー!!

当たらなければ何の意味もないぜ!

(とはいえ権兵衛はトリガミ)

カスP…ハズレ

逆神の権兵衛…三連複750円的中(10点)

モリアテ教授…三連複750円的中(6点)&馬連1190円(6点)的中

 

終わってみれば桜花賞と同じ3強。マウレアは3強に対してちょっと後退しましたが、余裕のないローテーションだったのが響いたか。サトノワルキューレは、相手を意識し過ぎた競馬で持ち味の末脚を減殺してしまった。上位3強が格の違いを見せつけたようなレースでしたが、夏を無難に越すことができるか。秋華賞が荒れるときは、夏の昇り馬が力でひっくり返すというより、春強かった馬が崩れてしまうパターンが多い。

 

テイエムオペラオーが死亡しました。

90年代後半から2000年代のはじめまで、競馬の黄金期を飾った一頭でした。この馬の現役時代は私はまだ競馬を知らず、従って馬自体の活躍については、私よりももっとキャリアのあるファンたちが色々な場で詳しく語ってくれているでしょう。

私が特筆したいのは、鞍上が一貫して和田竜二だったこと。これについては野平祐二氏が、和田でなければもっと活躍できたはずと、和田の騎乗を批判していたらしい。オーナーの竹園正継氏も、菊花賞(2着)の後、和田から他の騎手に替えるよう、管理していた岩元市三師に迫った。しかし岩元師は、和田以外の騎手を乗せたければ転厩してくれとまで言い、竹園氏は折れて最後までテイエムオペラオーの主戦であり続けた。

なぜ岩元師が「転厩」まで口に出して和田を庇ったか、そして竹園氏が転厩せずに折れたか。それは両名が同郷(垂水)の幼馴染で、堅い信頼関係で結ばれていたからです。そもそも竹園氏が競馬の世界に足を踏み入れたのも、岩元師が現役騎手時代―当時は「マムシの市三」などという、「鬼平犯科帳」に出てくる盗賊のような二つ名があった―の1982年、バンブーアトラスでダービーを勝ったのをテレビで見て、馬主として幼馴染に再会しようと心に決めたから。

岩元師もオーナーが竹園氏でなければ、和田を降ろさざるを得なかった。でも強い馬はレースで勝つだけではなく、跨っている騎手を育てる。和田を一人前にしたかった岩元師は相手が竹園氏だったからこそ、「転厩」という半分脅し文句を使ってでも、和田続投を懇願できたのです。一方で好敵手だったナリタトップロードも、沖師が、弟子の渡辺薫彦を使い続けた。和田も渡辺も、当時は今の田辺や松山にも及ばなかったのでは?

今はどうか。馬主と調教師は、同郷とか昔ながらの人間的な結びつきではなく、純粋にビジネスだけで結びついている。クラブ法人に至っては人は人でも、法律上擬制された、血の通っていない便宜上の「人」だから、当然付き合いも何もない。レースに勝って儲ける(クラブ馬だったら出資者の配当を増やす)、種牡馬としての価値を上げることだけが「ビジネス」における信頼関係で、騎手を育てることなどビジネスの外、考慮する余地もないわけです。昔と違ってオーナーの力が強くなり過ぎ―特に巨大牧場の一族や大手クラブ馬主―、調教師は彼らの言いなりになるしかない。調教師は中小企業の経営者だとは、一貫して所属の小島貞博、小谷内秀夫両騎手を使い続けた戸山為夫師の弁ですが、今は中小企業というよりむしろ下請け。下請けは親会社の言うことをきかなければ生きていけない。だから騎手がコロコロ替わる。もうすぐ引退する林満明騎手が述べていましたが、昔は調教とレースで同じ騎手が乗る―騎手が馬を育て、成長を実感する楽しみがあったわけです。ところが今は調教や未勝利、条件戦までは若手や目立たない騎手が乗っても、上のクラスに昇った途端トップクラスの騎手に替わる。ルメールデムーロのような騎手に至ってはあちこちからお声がかかるわけだから、一旦乗っても結果が出ない、もしくはもっといい馬の依頼があれば別の馬に文字通り鞍替えしてしまう。それで鞍上が猫の目のように替わってしまう。

トップパシコは2007年、1600万条件で引退しましたが未だ憶えている。それは主戦が高山太郎だったから。2006年、池田鉄平が乗ったヤマタケゴールデンの「ジャパンダートダービー」、結果は6着でしたが、あの名古屋競馬場の夜―当時はネット販売が普及しておらず、名古屋競馬場で馬券を買い、鮮明とは言い難い「グランビスタ」で観戦した―は忘れられない。それから2012年の「全日本2歳優駿」の竹之下智昭のドコフクカゼ…まあ結果は私の応援もどこ吹く風の11着でしたが。

一方で、去年のダービー馬の鞍上を覚えていない。ルメールだったかデムーロだったか。ひどいことに、一昨年のダービー馬に至っては名前も覚えていない。ルメールデムーロが悪いわけではない。悪いのは、横文字の騎手を妄信するオーナーサイドや厩舎。関東のH厩舎なんかは、横文字だったら鞍上はマツコデラックスやダイヤモンドユカイでもいいような感じ。

私は馬と騎手をセットで考える人間なので、鞍上が一貫していない馬というのは、GⅠをどれだけ獲ろうと、それは数字の記録だけで、よっぽど印象的なレースの断片的な記憶だけしか残らない。今の主だった種牡馬はある程度イメージが掴めますが、今回娘が勝ったロードカナロア辺りでもう、競走成績を見て「そういえば…」という、かなり曖昧な状況。

私の記憶力より深刻なのは、若手騎手がまったく育っていないという中央競馬の現況。ちょっと前までほんの数人、これは伸びるか?という若手がいましたが、それもまったく目立たなくなってしまった。

石神が跨ってから数戦、突然変異のように無敵になったオジュウチョウサンVS障害デビューから殆ど林が乗っている、一度は頂点に昇ったアップトゥデイト。馬と鞍上が一蓮托生なのは、辛うじて障害の世界だけか。そういえばテイエムトッパズレはずっと佐久間寛志が乗っていた。本命を打った2009年中山大障害の、コース逸脱失格劇は怒るとかを通り越して腰が抜けました。その後も幾度となく中山の大障害コースに挑みましたが、結局九州産馬初の中央GⅠ制覇には手が届かなかった。野平氏の和田評ではないけれど、佐久間でなければ…と思わなくもない。でも、鹿戸明師が出来の悪い弟子に何とか一人前に…と思ってテイエムトッパズレに乗せ続けたのが、竹園氏には和田と岩元師、そしてテイエムオペラオーに重なったかもしれません。