粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

とある企業家のツイッターの件について思うこと

企業家の前澤友作氏が、1億円のポケットマネーで「僕をフォローいただいた上、ツイートをRT(リツイート)するだけ」の応募で100万円を100人にプレゼントするという企画を行ったところ、80万件以上のRTがあり、日本記録を更新したという。

私はトップページにあるようにツイッターフェイスブックは一切やらないので、フォローとかRTとかよくわからない。前澤氏は女優の剛力彩芽との交際や宇宙旅行で世間を賑わせているが、剛力云々の件はプライベートだからどうでもよかったし、宇宙旅行も、大きな夢を叶えられるのは成功者の堂々たる特権である。つまり私はこれまで前澤氏には別段悪い印象は持っていなかった。

ただ、今回の件は前澤氏個人というより、桁違いの金持ちが庶民をカネで弄んでいるような、とても嫌な印象があった。1億円など、前澤氏にとっては痛くもかゆくもない金額だろう。100人にあげる100万円に至っては言うに及ばない。それをちらつかせただけで80万人が目の色を変えて群がる。そりゃあ面白い。「ZOZOTOWN新春セールが史上最速で取扱高100億円を先ほど突破!!日頃の感謝を込め…」という名目だが、企業が1億円出したなら別段問題ない。しかし前澤氏がポケットマネーを出し、フォローとRTを求めた点には違和感を禁じ得ない。

前澤氏は先の剛力彩芽との関係云々をマスコミが騒いでいる件で、自分と縁もゆかりもない人たちが勝手に騒いでご苦労様、みたいなことを言った。それを知って面白い、確かにその通りだと頷いた。しかし今回の件で、私みたいな一庶民ではなく、有名人やマスコミが同じようなことを言っても前澤氏の返答は、剛力のときと同じだろう。私は前澤氏自身を非難するというより、そんなことが普通にある今の社会が不気味だと感じた。富裕層がカネで庶民を躍らせてそれを高みから嗤い、それを糾弾してもお前には関係ないだろ、でスルーされる。

欧米にはノーブレスオブリージュという富裕層の価値観がある。社会的地位が高かったり巨万の富を持つ者は、それに応じて社会に貢献するべきであるという道徳観である。それは富裕層のアイデンティティであり、彼らが財団を作り、そこを通じて社会貢献をしているのは欧米では珍しくない(ドナルド・トランプのようにそれとは無縁の者も当然いるが)。ただ、アジアではそういった道徳観が普及していない。また財閥ではなく一個人が巨額の資産を持つというケースは戦後日本ではどちらかといえば最近ことだ。堀江貴文氏や村上世彰氏が世間で決して評判が芳しくなかったのも、持たざる者たちによる妬みだけではなく、ノーブレスオブリージュの道徳観が欠如したことと無関係ではないだろう。それは堀江氏、村上氏個人の人間性もあるかもしれないが、巨額の富を持った個人がどう振舞うべきか、バブル崩壊前は一億総中流階級などと謳われた日本では、あまり真剣に考える機会もなかったことによるものだと思う。前澤氏も同様であり、これは前澤氏個人を批判するよりも、前澤氏が平気でそういうことをする日本社会に問題がある。

金持ちと貧乏人ならこんな戯れ歴史を紐解けば日常茶飯事だ。究極のデフォルメが「カイジ」に出てくる帝愛グループの兵藤父子だが、今回はそういったものとは違う。80万人は別に皆が貧乏人というわけではない。前澤氏が突出して金持ちなのだ。超大金持ちと、その日の生活にも事欠くわけではない普通の人である。日本人の大半はそういった「普通の人」であり、大半の人—日本人全体がほんの一握りの別次元の人間に、SNSというコミュニケーションツールを通じて操縦される。私は操縦する一握りより、される圧倒的多数に恐怖を感じたのである。