粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

変わりつつある園田競馬場

日本で初めて、日本人騎手から禁止薬物が検出されたそうで。今年デビューしたばかりの木幡育也。木幡初広の息子で、初也、巧也の弟。利尿剤自体は以前から医師から処方され、使用する際には事前申告していたそうですが、今回は家族から貰ったものらしく、事前申告もされなかった。この辺りで何かしら手違い勘違いがあり、今回の問題になったのでしょう。JRAの制裁も、悪質なケースではないと判断したのか、騎手からの禁止薬物の検出という、字面だけ見れば物騒な事案でも、30日間の騎乗停止という比較的緩いものになっている。

いつも思うのですが、この「30日間の騎乗停止」という表現が何だか曖昧。現実には1ヶ月なのですが、中央競馬が開催されるのは土日が基本なので、開催日は週2日。1ヶ月に10日の開催で、「開催日30日間」とすれば、3カ月という重い結果になるのですが、騎乗停止の対象は平日の地方交流や海外も含まれている。でもついつい中央の開催日30日騎乗停止、と一瞬でも捉えてしまうのは私だけでしょうか?

ちなみに小幡は「こわた」と読むのですが、ついつい「こばた」と読んでしまう。あと、育也の顔を今回の報道で初めてまじまじと見たのですが…坊主頭だからそう見えるだけかもしれないけれど…見事なオッサン面やね。

 

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今からちょうど2カ月前の朝日新聞7月14日の朝刊で、「『競走馬の福祉』に取り組む調教師」ということで角居勝彦師が紹介されていました。

―高校卒業後に勤めた北海道・静内の牧場で、子馬が一度の骨折で殺処分される実態を知ったことが原点だ。調教助手時代には故障した担当馬の引退が続き、「速く走れなければ生きる価値のない動物」という現実を何とかしたいとの思いを強くした。

8年ほど前、医療や教育に馬を活用する「ホースセラピー」を知った。障害児が乗馬を通してリハビリに取り組み、介護予防のため馬に乗る高齢者もいる。「競走馬の新たな生きる道を見つけられた思いだった」

(2017年7月14日朝日新聞朝刊。執筆・山岸玲記者)

記事は2013年に厩舎内にホースセラピー普及のための財団法人を創設し、馬と人が触れ合うイベントを開催したり、引退馬の馬主とセラピー向け再調教施設との仲介、さらにはその後のアフターケアをしていることにも触れている。そして最後は「役割を持たせることが『馬の福祉』につながる。馬にだって何回チャンスがあってもいいでしょう」と、角居師の言葉で結んでいます。

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記事の中にも一言触れていた馬と一般の人が触れ合うイベントが、前のブログで名古屋競馬場で開催された際に度々紹介した「サンクスホースデイズ(THANKS HORSE DAYS)」なのですが、昨年名古屋競馬場で開催された際は、その直前に丹羽克輝によるレース直後の競走馬虐待行為が発覚し、私は名古屋競馬の応援も、馬券を買うことも一切やめました。これについては、どうしてここまで私が頑ななのか、前のブログも含めて思うところを度々述べているので、ここでは割愛しますが、従って昨年の「サンクスホースデイズ」にも足を運んでいない(開催日に有給を取っていたが、日時を笠松の「オグリキャップ記念」開催日に変更してもらった)し、今後も行くことはないでしょう。

その件とは関係ないでしょうが、今年(7月17日)は別の場所で開催されました。その場所を知ったとき、結構意外に感じた。園田競馬場

「そのだけいばフェスタ2017~サンクスホースデイズ&ファン感謝DAY&夏祭り~」ということで、ファン感謝イベントとの合同なのですが、園田競馬場がこういったイベントに協力したというのが私に意外に感じられたのです。実は、名古屋で「サンクスホースデイズ」が開催された際―確か2013年に開催されたときだと思う―、私は角居師とちょっとだけ立ち話をする機会を得ました(当然ブログ等については隠して)。そのとき角居師が、角田輝也師が積極的に協力してくれたことに感謝するとともに、一方で話をまともに聞いてくれない競馬場があると、穏やかな表情とは裏腹に強い口調で怒っていたのが未だ印象的なのですが、どうもそれが園田であるように私は感じました。角居師の言葉にそれを臭わせるような単語があったように記憶していて、それが何だったか忘れてしまった以上、もしかして単なる私の勘違いかもしれないのですが、だとしても、勘違いさせるほどに当時の園田にはものすごく閉鎖的な印象を私は抱いていました。

その発端は1974年の「園田騒擾事件」。もう40年以上昔の話なのですが、これで競馬場と周辺住民の間に恐ろしく深い亀裂が走り、それが長く放置されたままになっていた。競馬場サイドはイメージ回復に地道に取り組むよりもむしろ、バリアーを張って内に籠ってしまったのです。以後は周辺に迷惑をかけない代わりに、関わらない。荒尾、福山が倒れた地方競馬氷河期、各競馬場が地域の理解を得て存続しようと暗中模索する中、園田だけが外界との関わりを拒み続けていた。それを懸念する競馬評論家もいたのですが、一応は「住み分け」ができていたのです。ところが園田があることをはじめようとしたとき、周辺住民との対立が再燃化しました。ナイター開催です。一時は周辺住民の7割が反対、反対派グループはずっと昔の「園田騒擾事件」を蒸し返し、先鋭化してナイター反対どころか競馬場自体の存廃にまで突っ込んできた。私は2012年9月の「その金ナイター」初日に逆神の権兵衛氏、shugoro氏とともに園田競馬場に行ったのですが、競馬場の中に、決して悪い印象はなかった。むしろフレンドリーな面さえあったのですが、運営する事務方が異様に神経を尖らせていた。とにかく問題だけは起こしたくない。全レース終了後の入場客の帰路誘導も、誘導というより、ここから外には出るなと行動範囲を制限されたような感じでした。

その園田が、少しづつながら変わりはじめたような気がしているのです。外に対してオープンになりつつある。一昨年と昨年開催された、ダートコースを人が走るイベント「ダートランinそのだけいば」もそのひとつでしょう。目と鼻の先にある大阪府がカジノ構想に前のめりになり、脅威(?)が出現するかもしれない状況に危機感をおぼえたのかもしれないし、逆にカジノ構想によりギャンブル依存症等、公営競技の負の側面も広く知られるようになり、イメージを変えないと生き残れないと気付いたのかもしれない。同じギャンブルでも競馬がパチンコほど露骨に敵視されないのは、ギャンブル依存症の多くがパチンコによるものということもあるのでしょうが、角居師や笠松の塚本幸典氏ら多くのホースマンが、競馬が単なるギャンブルではない、競走馬が単なるギャンブルの道具ではないと訴えているのも大きいでしょう。

競馬場が鉄火場だった頃を懐かしむ人は大勢いますし、私も園田はそういう香ばしさが残っている競馬場だと思っていた(実際はそんな印象は受けませんでしたが)。でも、ネットによる馬券購入の広がりも含めて、色々な意味で変わらないといけない時代になっているのだと思います。園田もそれに気づいたのではないでしょうか。