粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

ご無沙汰しているのは風邪のせいばかりでなく…

日曜日の競馬の結果

中央阪神大阪城ステークス」…ハズレ

1着 3番スピリッツミノル(13番人気)

2着 4番トリコロールブルー(1番人気)▲

3着 15番クリノヤマトノオー(3番人気)◎

 

……たとえレース後でも、スピリッツミノルという選択肢はどこをどう考えてもどう斜め方向に捻っても出てこなかった。まあ応援している騎手が乗っていれば、ワイドくらいで拾ったかもしれませんが。

更新がまた途絶えたのは、ちょっと風邪にやられまして…というのもあるのですが、

f:id:KAS_P:20190308024001j:plain

PC98で「三國志Ⅱ」を始めたら止まらなくなってしまった。1990年のゲーム。しかし義侠で知られているはずの豪傑が戦闘中節操もなく続々裏切って敵方についてしまう。取り戻そうと今度はこちらから寝返りを誘うと「〇〇は忠義の士です」。何が忠義だ!?てめえ忠誠度100でさっき敵方に寝返ったばかりだろ!もう誰も信じられなくなってくる。NPCの君主どうしの戦闘も同じ様相で、PC88版ではこれほど極端に裏切り者が続出した記憶はないのですが。最後まで一度も寝返らずに従ってくれた武将は、諸葛孔明に「謀叛の骨相がある」と言われた(演義)魏延でした。

ちなみに今は13まであるけど、13辺りはあまりに複雑すぎて食指が動かない。

とはいえ、暫く三国志から遠ざかっていたので、プレイしていると「とりあえず誰?」みたいな武将が結構いたりします。こういう時は、

f:id:KAS_P:20190308030320j:plain

shugoro先生の本で確かめる。「三國志Ⅱ」は演義がベースになっているので、演義・正史両方に名前が出てくる人物を中心に扱っている左の方で充分事足ります。

 

f:id:KAS_P:20190307144924j:plain

そのshugoro先生が治める郡上八幡某所の「葵の城」のショーウインドー。渡邊竜也タオルを掲げて頂きました。今は観光シーズンから外れ、通りも閑散としていますが、温かくなってくれば通りがかる人も増え、目に留まって「とりあえず誰?」でしょう。ちなみに優勝カップ笠松競馬の関係者の方から頂いた、昔の重賞レースの優勝カップで、昔競馬マスコミでもあった手腕をもって(?)shugoro先生が調べたところ、そのレースで勝った騎手は笠松競馬所属当時のアンカツらしい。私はてっきり濱口楠彦騎手だと思っていたのですが。

そのshugoro先生が縁あって応援していた地方競馬教養センターのある生徒が、志半ばにして退所することになったという。でも騎手への夢を諦めなければ、JRAと違って笠松の山下雅之や兵庫の田村直也のように、教養センターを経ず、厩務員から模擬レースすら経験なしにいきなり騎手デビューということもある—試験の過程で多分模擬レースのようなものはあると思うけどー。ただ、山下も田村も30歳前後とデビューは遅い。両者ともに騎手になりたいと志したのは厩務員に携わって数年経た後でしょうが、20代前半のうちに教養センターを経ずに騎手になろうと思うと、教養センター以上に厳しい茨の道なのだろうと容易に想像つきます。

また、今年JRA騎手試験に合格し、先週晴れてJRAデビューを果たした藤井勘一郎は、最初はJRA競馬学校の試験に落ちた。かといって競馬学校を退所した石崎駿のように、地方競馬教養センターに転向したのでもなく、オーストラリアに活動の場を求めた。これも茨の道ですが、韓国等アジアでの活躍も買われ、今週フィリーズレビューでココフィーユというなかなか面白そうな馬に騎乗する機会も得られた。今後も競馬学校や教養センターだけでなく、色々なところから中央や地方騎手になれる道が拓かれればいいと思います。

教養センターを出たからといっても未来は保証されず、光が当てられないまま消えていく若手は少なくない。この前も木之前葵と同期の騎手が、活躍できないまま引退しました。プロ野球のドラフトの後、入団する各球団の新人たちが集まってガッツポーズを披露するのですが、5年経てば何人かはいなくなっている。騎手も同じで、なれたところで先は見えない。今年デビューする新人たちは、中央も地方も果たして…?