粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

来年の叛逆者はどう描かれるのか?

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来年の大河ドラマ麒麟がくる」の主人公・明智光秀の故郷といわれる岐阜県可児市で販売していたクッキー。ちゃんと地元のメーカーが作っている。ちょっとアレな光秀は包み紙だけで、せめて中のクッキーの形も、明智家の紋である桔梗にすれば幾分らしかったのですが、何の変哲もない普通のクッキー。でも面白いので、幾つも買って郡上八幡笠松競馬場にお土産に持っていったりしました。
可児市は一応光秀の故郷とされているのですが、正確には、光秀の叔父・明智光安の居城である明智長山城の所在地で、長山城が事実上明智氏の本拠地だったといっていいでしょう。

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明智長山城跡地の石碑ですが、11代明智光秀というのは誤りで、最後の城主は光安。確証はないのですが、光秀は叔父に養われていたらしい。ドラマでは西村まさ彦(雅彦)が光安を演じるそうなので、ドラマも光秀が長山城で育ったという設定を採用していると思われます。

斎藤道三(本木雅弘)の長男・義龍(伊藤英明)は側室・深芳野(南果歩)の息子で、一方濃姫沢尻エリカ)や次男・龍重、三男・龍之は明智家出身の正室である於見の方の子です。道三と義龍が不和になり、義龍は事実上廃嫡とされ、跡目は龍重に。それに対して義龍は明智家の血が入っている龍重、龍之兄弟を殺害、道三に宣戦布告。こうなると明智家は道三方につく以外に選択肢はないわけで、結果義龍軍に城を落とされ、光安は落命。このとき光秀は光安の息子・光春とともに城を脱出したとされています。この光春が後の明智左馬助秀満となるのですが、一方で三宅弥平次なる家臣が光秀の娘婿となり、明智秀満と改名したという説もあり、はっきりしない。というよりそもそも光秀が長山城にいたこと自体確証がないわけで、特に前半は「おんな城主・直虎」のようにかなり脚色を入れるでしょう。

 

数年前、歴史関係のノンフィクションライターであるshugoro氏と大河ドラマのネタについて話したことがあり、そのとき明智光秀も出てきたのですが、如何せん信長を殺した叛逆者で、山崎の戦いで秀吉に敗れ、落ち武者狩りの農民の竹槍に刺されたかどうかはともかく、無残な最期を遂げている。こういったアンハッピーエンドで終わると誰もが知っている人物を主役に挙げてウケるかどうか…?と私は話したことがあります。源義経新選組真田幸村もアンハッピーエンドですが、散り際を美しく描ける—それに「真田丸」は生き残って家名を保った兄・信之も一方の主人公とされていた—。光秀はそれが難しい。可児市が光秀を町おこしにあまり積極的に使わなかった理由もそこにあると思うのですが…。

そういえば叛逆者で、全然扱いが異なるふたつの小説があります。

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銀河英雄伝説」や「アルスラーン戦記」の田中芳樹が、中国の王朝・南宋の最期を描いた長編小説「海嘯」。マ・クベが「良い物だ」と言っていた「北宋の壺」の「北宋」は、1126年「靖康の変」により女真族の金によって華北を奪われるまでの時代。その後一族の趙構が江南に逃れて立て直したのが南宋。秦檜が金と講和を結んで一時期中国は南北ふたつの王朝が並立するのですが、南宋は元々豊かな土地であることから栄え、朱子学の祖である朱熹を生んだりもした。一方で北では金がモンゴル帝国の2代目オゴディに滅ぼされる。そして150年近く平和を享受してきた南宋も無事では済まず、5代目フビライの侵略を受けることになります。

モンゴル帝国改め元の猛攻により首都臨安を失った皇帝や皇族、重臣たちは、船団で元の追撃を逃れながらも文字通り漂流を続け、やがて当時アジア最大の貿易港である南の泉州へと向かう。そこは蒲寿庚という大商人が南宋から正式に位と役職を授けられて治めていました。蒲寿庚は純粋な漢人ではなく、アラブ系の出自だったそうですが、亡命朝廷はその蒲寿庚を頼ったわけです。それに泉州城内には三千人の皇族が暮らしていた。ところが蒲寿庚は元に寝返り、頼ってきた亡命朝廷を港から締め出して矢を射かけてくるばかりか、元への忠誠心を示すため、三千人の皇族を乳児に至るまで鏖殺—皆殺しにしたのです。この件(くだり)を読んで、私は蒲寿庚は義侠心も忠誠心も欠片すら持ち合わせていないロクでもない奴だと不快感を感じました。田中氏は、蒲寿庚はフビライに重用されて一族繁栄したが世間からは嫌われ、明になった後の蒲一族が朱元璋から「蒲」の姓を奪われるとともに泉州を追われ、散り散りになったと、さも因果応報のように描いている。その件を読んでざまあみろと留飲を下す。

ところが後日、陳舜臣の「チンギス・ハーンの一族」第4巻の南宋滅亡の辺りを読むと、些か異なった描かれ方をされていて戸惑いました。蒲寿庚が元に寝返り、三千人の皇族を殺した件は同じなのですが、この皇族三千人が、その地位から特権階級として普段からやりたい放題で、庶民はおろか南宋の役人からも恨みを買っていたという。蒲寿庚による「鏖殺」は「海嘯」では非道極まりないような描かれ方をされていますが、「チンギス・ハーンの一族」では、港の朝廷軍に城内から呼応しようとした皇族たちに先手を打った「粛清」であり、それが泉州の庶民から喝采を浴び、数日間城内はお祭りだったという。蒲寿庚自身も「海嘯」では弱い者を見捨て強い者になびく冷酷な男ですが、「チンギス・ハーンの一族」では、海に生きるひとかどの人物に描かれ、その後も主要人物のひとりとして登場する。ここでの蒲寿庚は、南宋と元、どちらがより交易を重視してくれるかという、将来を見据えた商人の目で判断していて、そうなると蒲寿庚の財と軍だけをアテにしている落ち目の南宋ではなく、当然交易ルートの拡大に積極的で、商人としての蒲寿庚の能力を高く買っている元になる。

とはいえ、田中氏が間違っていて陳氏が正しいというわけではありません。どちらも小説で、小説である以上書く者の主観が入ってくる。滅びゆく運命にある悲壮な南宋の立場に立てば、一縷の望みを踏みにじる許し難い不忠者だし、現実的な商人の立場に立てば、未来ある元の方につくのが道理。蒲寿庚という人物の描き方がまったく変わってくるのです。そういえば陳氏は神戸の商人出身、海洋商人である蒲寿庚に肩入れしたくなるものがあったのかもしれません。

麒麟がくる」で登場するかどうかはわかりませんが、光秀が一時期身を寄せた朝倉家の重鎮で、朝倉景鏡という人物がいて、最後土壇場で主君義景を裏切って殺す。そのせいか世間の評価は低いのですが、信長はこの叛逆者を結構高く買っていた。自身の名前から「信」の字を与えて土橋信鏡と改名させ—「長」の字より織田一族が使う「信」の字を与える方がより評価が高い―、上洛にも同行させている。さすがに主君を直接手にかけたミソがついているせいか、越前の守護代は桂田長俊(元の名は前波吉継で、こちらは「長」)に任せたのですが、景鏡には安堵した大野郡周辺の広い地域の行政を任せていました。ただ、蒲寿庚と違うのは、翌年同族の朝倉景健らが招き入れた一向一揆によって殺されてしまい、織田の幕閣として活躍する機会がなかったこと。三千人の皇族皆殺しの件同様景鏡の裏切りも一方的な悪行とはいい切れない面があり、元々義景と景鏡はあまりソリが合わなかった。なのに追い詰められた土壇場になってのこのこ景鏡を頼りに行く義景にも落ち度がある。

来年の叛逆者・明智光秀、父を殺して明智家を滅ぼした斎藤義龍吉田鋼太郎演じる戦国の梟雄・松永久秀、光秀の娘を息子の妻としながら信長に叛旗を翻した荒木村重、そして主君・足利義昭を見限り、光秀の親友でありながら、最後は光秀をも見限った細川藤孝(眞島秀和)ら多くの叛逆者はどう描かれるのでしょうか?