粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

「明智光秀は生きていた!」紹介&ちょっと裏話

 来年の大河ドラマ麒麟がくる」。まさかの沢尻エリカの一件もありましたが、急遽濃姫の代役に選ばれた川口春奈、芸能界に疎い私はそれまで知らなかったのですが、結構可愛いじゃん。濃姫については前のLivedoorのブログで「軍師官兵衛」が放送されていた当時紹介する文を記したのですが、後日改編してこのブログに移植する予定です。

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今回は川口素生(すなお)氏の「明智光秀は生きていた!」(KKベストブック刊)を紹介。実はこの本、微力ながら私も取材の一部に協力させてもらいました。

タイトルだけ見ると正直胡散臭いですが、光秀の後半生は南光坊天海といった有名な説から、各地に残る光秀生存伝承まで検証していくという本。生存説だけでなく、はっきりとしない生誕地(岐阜県内を中心に11カ所もあるという!)についても各地採り上げて、その信憑性を考察しています。

この中で「美濃山県郡中洞説」という説があり、岐阜県山県市の中洞で生まれ、また山崎の戦いの後もこの地に逃れたという。つまり生誕場所であるとともに生存伝説も残っている唯一の場所です。私が手伝ったのは同地の取材。

私、昨年の夏、単独で下見をして、「行徳岩」(どういう岩かは本でご確認を)の場所等を確認したりして、後日運転手として川口先生、shugoro氏と中洞の明智光秀に関わる史跡を訪れました。地元の喫茶店のママ曰く、一時期光秀を使って町興しを目論んだようなのですが、思うように成果が出なかったらしく、結果そのまま打ち捨てられたような印象が強かった。中洞に白山神社という場所があり、光秀にまつわる様々な遺構が残っているということは、本にも記してあるのですが、まず下見の際は、場所すら特定できず(カーナビも「白山神社」の場所こそ示してくれるが、ルート表示が曖昧で、山中をどう行けば辿り着くのかわからない)、川口先生、shugoro氏と再度訪れた際は、前述の喫茶店のママの助言もあって、見つけることができたのですが…「テレビゲームの隠し扉かよ!?」とツッコミたくなるくらい入り口がわかりにくいうえ、境内はまったく手入れされていなかった。

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「惟任将軍日向守光秀公之墓」。光秀演じる長谷川博己は、滋賀県の「西教寺」にある光秀の墓の方に墓参したとか。

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ポイントは幟のフレーズ。「春日局(光秀の重臣 斉藤利三の娘)」ということは、まさか町興しをを目論んだのは、故大原麗子主演の大河ドラマ春日局」(1989年)のときなのだろうか?ちなみに同ドラマで光秀は五木ひろし、利三は江守徹が演じていました。話はちょっと逸れますが「信長の野望戦国群雄伝」(関東から近畿までの初代、全国版に続くシリーズ第3作目)のファミコン版(1990年)は、架空の浪人(コンピューターがランダムに作る)が仕官して来ない代わりに、荒木村重小西行長島左近らパソコン版で登場しなかった史実の武将が結構追加されており、何故かその中に春日局の夫・稲葉正成もいました(ドラマでは山下真司)。シリーズ最新作「信長の野望・大志」では井伊直虎が登場しましたが、この頃から大河ドラマの影響はゲームに及んでいたんですな。

閑話休題。閉口したのは光秀の重臣明智孫十郎直徑の墓。孫十郎は山崎の合戦ではなく、本能寺の変の際、二条城で織田信忠軍と戦って戦死。「本能寺の変」というと一方的なイメージがありますが、二条城の方は斎藤新五長龍(濃姫の弟)ら名だたる武将が寡勢ながら信忠を守り奮戦し、結構な激戦だったのです。孫十郎の墓は白山神社の近くに存在していたのですが、当時墓地のすぐ隣で工事をしていて、あろうことか孫十郎の墓の真後ろに作業員の簡易トイレが。写真を撮っている間、夏場ということもあり周囲に熟した糞尿の臭いが充満。孫十郎も草葉の陰で泣いていた。ちなみに「明智」の姓は憚られたのか、墓は彼の元の姓である「恩田」となっていました。実は山県市、恩田という苗字は結構多い。

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その後山県市明智光秀大河ドラマ化で再度町興しを企図したようで、1億円近くの予算を計上。朽ちかけた光秀ゆかりの場所も、景観を害さない程度に整備して欲しいところ。ちなみに中洞に身を隠した光秀は、18年の雌伏を経て、関ヶ原の合戦で再度旗揚げするのですが、意外過ぎる結末が……これについては本を読んでください。

本にはその他明智光秀千利休説というあまりにも無理がある説も紹介されており、当然川口先生も一刀両断しています。また、光秀の息子たちは生き残り、血脈を後世に伝えたという話も幾つか紹介されていて、中には結構信憑性が高い話もあります。そういえば六条河原で処刑された石田三成も、長男は助命されて仏門に入り104歳まで生きたそうですが、次男は北の果て、青森の津軽為信の許に逃げた。津軽為信は南部家から独立し、それを豊臣秀吉に認めてもらうべく上洛した際、三成に色々便宜をはかってもらった恩があり、津軽家臣・杉山八兵衛と名乗らせて最後まで匿い続け、子孫も杉山姓で津軽藩に重く用いられました。光秀自身はともかく、息子や一族が生き延びた話はあってもおかしくない。

そういうわけで光秀の子孫も現在に至り、同書は子孫といわれる人たちを紹介。知られているのは自身も著作がある明智憲三郎氏。私はちょっと胡乱な目で同氏を見ていたのですが、川口先生の本では説得力ある根拠が記されていて結構好意的(?)な扱い。他にも「え?まさかこの有名人が!?」という珍説も紹介されているのはご愛敬。荒唐無稽な与太話を適当に集めた本ではなく、どれもしっかり検証されており―山県市の件も、その後また来訪して関係者の方々に詳しく話を伺っている—、結果説得力が乏しいものはバッサリ否定的な見解を述べている。そして光秀ばかりか、これも各地に散見している信長は「本能寺の変」で死んでいなかったとか、森蘭丸(乱丸)は生きていたという説(今年夏、蘭丸の故郷である兼山町で再度川口先生の運転手をしたのですが、兼山町についてはまた機会あれば後日)も検証。読んでいて面白い本です。川口先生は歴史学者ではなく作家なので、エンターテインメントとして読み手の側も考慮してくれている。

shugoro氏曰く、売り上げは結構好評らしく、私も微力ながらお力添えした甲斐あるというものなのですが、やっぱり私が暮らしているような田舎の本屋では置いていない。老人が多い田舎町は、ヘイトを煽る本がよく売れるわけで、相変わらずそんなくだらない本ばかりが平台に並んでいる。

仕方なく「権兵衛サンタ」の商品用の本はネット通販で入手。個人的には今の時期、宅配業者は繁忙の極みで、これ以上仕事を増やすのは心苦しいのですが。ホント、私の家の前を毎朝クロネコや佐川のトラックが行き来する。まあ…その中に私が買ったいかがわしい美少女フィギュアも含まれていたりするわけで……。