粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

夏負けでも負けなかったニュータウンガール

火曜日の競馬の結果

名古屋競馬東海ダービー」…ハズレ

1着 10番ニュータウンガール(1番人気)◎

2着 9番エムエスオープン(3番人気)△

3着 7番フクダイトウリョウ(11番人気)

勝ちタイム 2:05:9(良)/昨年の勝ちタイム 2:03:2(エムエスクイーン・重)

コースレコード 1:58:4

 

陣営も夏負け気味だとコメントしていたニュータウンガールですが、当日はプラス10キロ。先行した有力馬2頭・2番人気エイシンハルニレが7着、4番人気ビックバレリーナが11着と事実上の殿負け(1頭競走中止あり)、道中そのすぐ後ろを走りながら、最後は中団から脚を伸ばしてきたエムエスオープンに影を踏ませなかったのだから完勝。夏負けはあったのかもしれませんが、少なくとも同じ東海の馬相手なら負けない勝負強さがある。とはいえタイムは昨年より2秒7遅く、名古屋の砂が重くなってからでもそれほど速いタイムではない。前傾ラップで後半はバタバタ、というわけでもなく、もしかしたらエイシンハルニレとビックバレリーナが単に1900メートルもたなかっただけかもしれない。つまりは「駿蹄賞」、「東海クイーンカップ」から僅か100メートルの延長で大きく明暗が分かれた。エイシンハルニレの角田師はレース前、専門紙のコメントで「100メートルの延長がどう出るか」と意味深なコメントを発していました。ちなみにブービー人気で3着という大番狂わせのフクダイトウリョウも角田厩舎で、2頭出しはこの厩舎だけ。「2頭出しは人気薄を狙え」という使い古された格言は、だいたいハズれたレースで当てはまる。今年はじめ頃はクラシックの有力候補の一角だったのですが、低迷して完全に脱落したと思っていただけに…。

 ニュータウンガールはおそらく「ジャパンダートダービー」には出ないでしょう。あとはこのまま笠松に残ってくれるか、南関の方に移籍するか。ただ今回は強敵に距離適性がなかった可能性があり、南関で通用する器かどうかは判断がつかないところがある。夏に大井の「黒潮盃」辺りに出て、その結果次第でいいかもしれません。常に僅差で競り勝つ馬なので、南関でも序盤でスピード負けさえしなければ、相手なりにそこそこやってくれるような気も、しないでもない。

しかしひと言。渡邊は名古屋では下手糞だな。東海ダービーでも終始後方で何もできなかったばかりか、3コーナーで斜行して兄弟子を落馬させ、2日間の騎乗停止。地元でもリーディングを筒井に奪われ、振り返ると間近に佐藤友則が。ここが正念場ですが、2日乗れないのは痛手。

 

話変わって東京ダービーの二日前、shugoro氏とともにこの方にお会いしてきました。

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鷲見(すみ)昌勇さん。御齢83歳。コアな競馬ファンならご存知だと思いますが、知らない方はググってください。

実は3月の下旬に取材を申し込もうとshugoro氏と打ち合わせしていたのですが、その直後にコロナ禍が本格化してしまい、ふた月遅れになってしまった。気難しい方だったらどうしようかと心配もしていたのですが、後藤保調教師の奥さんは、とても気さくで冗談が好きな方だから大丈夫だと仰っていました。実際とても気さくな方で、コロナ禍が完全に終息したわけでもないのにも関わらず、私たちの取材に快く応じてくださったのですが、何より溌剌なことに私もshugoro氏も驚かされた。元気な理由はおそらく田舎暮らしでも人と交わることを絶やさないことでは。現役時代「ファンを大切にする」ことをモットーとしていたそうですが、現役を退いて18年、今でも鷲見さんの許を訪れる人は少なくないはず。奥さんも元気でとても優しい方でした。どのような話を聴かせて頂いたかは、今はまだ述べられないのですが、いつか機会あれば。

2002年に現役を退かれたのだから、当時65歳前後。中央の調教師の定年は70歳で、地方の調教師は定年がない。これは鷲見さんのことを記された本でも記されていて、ご本人もはっきり仰られたのですが「勘が鈍った」という理由。確かにこれまでされてきた大仕事の中には、理屈詰めでは説明つかず、「勘」が大きく作用したところもあり、そもそも競馬とはそういうもの。勝負に携わる人にとって「勘」は何よりも大切で、それが鈍ったという理由で、これまで築き上げた栄光に未練なく競馬界を退くなんてなかなかできないこと。

ちなみに中央のGⅠは今でもしっかりご覧になっていて、上手い騎手として挙げたのがルメール、川田、福永。ルメールは言わずもがな、福永も今大活躍中ですが―安田記念のインディチャンプはインベタが災いして進路を失いかけたが―、日本人騎手として真っ先に名前を挙げられた川田の方は最近は大舞台で人気馬をコケさせてばかり。折角鷲見さんが褒めてくれているのだから奮起して欲しいところ。