粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

信長のママと握手できるパワースポット

7月26日の競馬の結果

中央新潟「アイビスサマーダッシュ」…三連複5,000円&馬連870円的中(15点)

1着 9番ジョーカナチャン(2番人気)◎

2着 13番ライオンボス(1番人気)〇

3着 12番ビリーバー(9番人気)×

 

大当たりではないけれど、これくらいの配当をコツコツ当てていきたいところ。

 

先日の謎の黄金の母子像。

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土田御前は織田信長の生母。「麒麟がくる」では檀れいが演じています。出自にはふたつの説があり、愛知県清州市と岐阜県可児市。ともに「土田」という土地があるのですが読み方が異なり、信長の母も前者だと「つちだごぜん」となり、後者だと「どたごぜん」になる。この些か怪しい母子像は可児市にあるもの。何が怪しいかというと……。

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パワースポット?

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この立て看板の上にちゃっかりと募金箱がある。私もお人よしなので小額寄付しました。よくよく見ると黄金像の母子も握手できるよう手を差し出している。

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土田御前はヤンキーでヒッピーな信長より品行方正な弟の信行(信勝)を可愛がったといわれます。信行は度々兄に叛旗を翻し、最初は土田御前のとりなしで赦されたものの、その後も斎藤義龍や反信長勢力の岩倉城主・織田信安(この人物も斎藤義龍に通じていた)に通じて兵を挙げたため信長に誅殺される。それで信長を激しく憎んだという筋書きがドラマにはよくありますが、信行死後、特に信長に対する憎悪を表した記録はありません。後世の人が伊達政宗が弟の小次郎を誅殺したときの母・義姫と重ね合わせているのかもしれません。

秀孝は稀にみる美少年だったらしいのですが、15歳くらいのとき、守山城主・織田信次の家臣に誤って弓矢で殺されてしまったため、武将としての経歴は殆ど残っていません。信包は織田家の重鎮でしたが、土田御前の息子であるかどうかは実ははっきりしていないようです。

お犬の方は織田家の武将・佐治信方の妻となり、一成を生みました。佐治一成は最初のお江の夫とされる人物で、大河ドラマ「江」では平岳大が演じています。信方が一向一揆との戦いで戦死した後は管領細川晴元(「麒麟がくる」では国広富之が演じました)の嫡男・細川昭元と再婚。とはいえこの頃の細川家は完全に没落して名ばかりになっていました。昭元の間に娘ふたりと元勝(頼範)を生みます。この元勝、奇縁というか、大阪の陣では大阪城に入城し、そこでかつて応仁の乱で細川家と争った山名家の当主・山名堯政と意気投合します。堯政は戦死しましたが元勝は落ち延び、後に縁戚関係にあった東北の秋田家(安東一族の末裔)に迎えられて厚遇され、子孫も秋田家治める三春藩で要職を歴任したそうです。