粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

郡上市の郷土文化誌に原稿を寄稿しました。

2月14日の競馬の結果

中央東京「共同通信杯」…ハズレ

1着 2番エフフォーリア(4番人気)◎

2着 9番ヴィクティファルス(7番人気)

3着 11番シャフリヤール(2番人気)△

 

4コーナーの時点でエフフォーリアの勝ちは確信しました……が、

松山コイツ嫌い。

買わないと来るし買うと空気のような存在になるし。顔も見たくない…というか、実は私、松山の顔を知らないのです。同じような「天敵」に今回エフフォーリアで勝った横山武史の親父で、自身は1番人気の馬で5着に負けた横山典四位洋文(現調教師)がいたけれど、顔もはっきりわかるしキャラクターもわかる。好きなところもあれば嫌いなところもある。だから四位騎手引退の報に接したときは、愛憎色々あったな、とちょっと感傷的になったりもした。引退セレモニーできなくて残念だったな……と。でも松山は顔もキャラクターもわからない。だから結局好き嫌いの判断基準が、馬券で儲けさせてくれるかどうかだけ。その判断基準からすると蛇蝎のように嫌いなのですw。私が昔ほど熱心に競馬メディアに目を通さなくなったというのもあるのでしょうが、松山に限らず何だか騎手の顔が見えなくなってきている。そんな中、今イチ推しの騎手は

デビュー年に

前代未聞(?)の大失態を

やらかしてくれた

山田敬士。

JRA公式の写真を見ると結構インパクトある顔立ち。師匠がゴリラマニアなせいか、心なしかゴリラっぽく見えるような……でもその大失態をすぐにオーナーの北所直人氏に謝ったことから、騎乗停止処分明け以降も北所氏からチャンスを貰い続けているし、私のような偏屈者からも応援されてもいる。政治家が全然できないことを、ハタチそこそこの兄ちゃんはちゃんとできたわけだし、だからこそ今の彼がある。しかし山田くん、先週の小倉、せっかく栗東の西村先生が乗せてくれたのに、1番人気で3着はダメだよ。西の先生がチャンスをくれたときは絶対にモノにしないと。

 

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話変わって、shugoro(小出文彦)氏から送られた郡上の郷土文化誌「郡上Ⅱ」第4号。「Ⅱ」というのは、かつて郷土文化誌が定期刊行されていたのが一旦途絶え、復活したからで、毎年刊行しているのですが、今年はコロナ禍もあって刊行が少し遅れたそうです。縁あって、この中で私が8ページ、原稿を執筆致しました。ちなみにタイトルは小出氏につけて貰いました。

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これについては、まずshugoro氏が別の媒体で紹介している文を拝借させて頂きます。なお、原文の方は、私の名が本名になっております。

 

『郷土文化誌 郡上Ⅱ』第四冊の目玉・オグリキャップ補記
『郷土文化誌 郡上Ⅱ』第四冊で初めて取材し、発表に至ったのは186~193ページに掲載されている「郡上から天下を獲ったオグリキャップと小栗孝一」です。
僕が書くと内容をチェックできる人がいなくなるので、競馬作家で〇〇市在住の粕本氏に執筆をお願いし、編集に徹しました。彼の冴える文章にデータ部分を補足した形で8ページの大作です。
オグリキャップの馬主である小栗孝一氏は八幡町日の出町の出身で、笠松時代に管理した鷲見昌勇師は明宝寒水の出身です。つまり「郡上人」が記憶に残る名馬オグリキャップを育てたと言っても過言ではありません。
 
しかし周知の通り、当時、小栗孝一氏は中央の馬主資格がなかったので、中央馬主の資格を持つ佐橋氏にトレードされます。その後、二度の有馬記念(88・90年)含むGI4勝でラストランの有馬記念を勝利で飾ったのは伝説となりました。でも、小栗氏は自分の所有馬で中央GIを勝ちたいと願い、4年後にオグリキャップの半妹にあたるオグリローマン桜花賞を制覇します。ここまでにもオグリホワイトやオグリトウショウなどキャップの妹弟馬で中央挑戦は続いていましたから決して順風満帆というわけではなかったのです。
小栗氏の所有ではこのオグリローマンしか特筆できる活躍をした馬はいないのですが、当時、オグリキャップがクラシック登録をしておらず、3歳時の皐月賞日本ダービー菊花賞の三冠に出走できなかったことを思うと、本当に妹のオグリローマンが中央移籍して雪辱を晴らしたといえるのです。
もう少し時代が遅ければ中央へ移籍せず笠松所属のままでGI馬になれたかもしれませんね。
また、オグリキャップ笠松時代の主戦騎手はのちに中央へ移籍してGIを勝ちまくったアンカツこと安藤勝己騎手なのですが、その前に手綱をとっていたのは青木達彦騎手とやはり八幡町出身の高橋一成騎手でした。乗り替わりは高橋騎手が研修で乗れなくなったのが直接の理由でしたが、当時、5戦目までに二度土をつけられていたマーチトウショウに高橋騎手が雪辱を晴らし、よい形でバトンタッチしたのです。
 
小栗孝一氏はその後も「オグリ」の冠号笠松を中心に走らせていましたが、2015年に83歳で他界。残された馬は長女の江島勝代氏に引き継がれました。この原稿校了の2020年11月時点ですでに現役馬はオグリグラス1頭しか残っていませんでしたが、その後、オークションに出されて20万で落札され、別の馬主所有となりましたが、結局は出走することができず暮れの12月28日に登録抹消され、小栗孝一氏の長い馬主の歴史は完全に幕を閉じました。本誌では情報が間に合わなかったのでここに補記しておきます。
この取材の6月時点でもコロナ禍や笠松で現役騎手・調教師の馬券購入事件が発覚し、掲載をどうするか悩んだこともあって、取材すら後手に回りましたが、こうして本刊行を目の前にした矢先にまたもや関係者が所得隠しの脱税で摘発されました。詳細はまだ明らかにされていませんが、厳正な処分を願う次第です。
 
またヤングジャンプに連載されている『ウマ娘』は、過去の名馬を美少女に擬人化した漫画が好評なようで、現在連載中の『ウマ娘シンデレラグレイ』では、なんとオグリキャップが主人公になっています。そして当時のライバルだったマーチトウショウなどもフジマサマーチの名で出てきます。競馬を知る人ならフジマサが「藤正(トウショウ)」を意味してるのもピンと来るはずで、当時の競馬を知らない人にも知る人にも楽しませてくれる内容となっています。トレーナーの北原穣は架空の人物ですが、ファンの間ではモデルはアンカツとも鷲見調教師とも予測されているようで、このあたりのマニアック度も楽しいですね。
 ということで『ウマ娘』はフィクションですが、『郷土文化誌 郡上Ⅱ』第四冊ではノンフィクションのドラマになっています。読みたい方はぜひ『郡上Ⅱ』第四冊を入手ください。

 

というわけで、私の書いた文に小出氏が幾つか補足を加えてくれて完成したものなのですが、

実際本になったものを読み返すと……

ダビだこりゃ(byいかりや長介)

例えば、

だが郡上の「人」と、ある北海道産のサラブレッドの縁は、日本の競馬界にとてつもない一大旋風を巻き起こす。

と記したちょっと先に

この二人の「郡上人」の邂逅が、馬主としての小栗氏の運命を大きく動かし、そればかりか日本の競馬界全体に一大ムーブメントを巻き起こすことになる。

殆ど同じフレーズ繰り返してるじゃん!

とにかく、文章を記すためにWordを立ち上げる度毎に、あちこち些細なところが気になって手直しを繰り返すものだから、次第に文章としてのリズムがおかしくなる。言い換えれば、

さくら さくら やよいの空は

ぞうさん ぞうさん お鼻が長いのね

見わたす限り かすみか雲か

そうよ ちんちんも長いのよ(by志村けん)

という感じで、「さくらさくら」の中にいきなり「ぞうさん」が入ってくる感じ。最終稿が送られ、最後の手直しの機会が与えられたときも、これ以上手をつけたらキリがなくなる…!、と怖くなり、敢えて読み返そうとはせず、指摘された事実関係の誤認の訂正だけに留めました。内容のバランス等、取材して、それを元に文章を記すというのは本当に難しいと思い知らされた次第。この「郡上Ⅱ」には、多くの地元の方々が寄稿しているのですが、よく皆さんレベルの高い文章が記せるなと感心する次第。郡上という地域の、文化度の高さが窺える。「郡上Ⅱ」に寄稿する私の立場は、南関の交流重賞にお邪魔してくる笠松の馬のようなものです。

ちなみに小出氏の紹介分には「読みたい方はぜひ『郡上Ⅱ』第四冊を入手ください。」とありますが、郡上市の外では売っていない。近日中にトップページを復活させ、そこにメールアドレスも掲載しますので、そこにご連絡ください。一冊1,650円(税込み)とちょっと……いや結構お値段高めですが、カスPルートは送料無料(私が負担)です。

 

取材について助言をくれたのが笠松競馬の後藤保調教師夫人(後藤正義師、後藤佑耶師の母)の後藤美千代さんで、取材した鷲見昌勇元調教師も、乗り手時代の後藤保師のことを語ってくれた。真っ先に笠松競馬場に行ってこの本を贈呈する予定だったのですが……原稿の企画段階で後藤さんに話をしたとき、

「この本(郡上Ⅱ)は俳優の近藤正臣さんも愛読しているんですよ(愛読しているどころか、当人が毎号座談会に出席している)。この原稿に近藤さんが感動し、笠松競馬の馬主になってくれるかもしれませんよ!」

近藤氏の名前勝手に使って大ボラ吹かせてもらったのですが、笠松がこんなことになってしまうとは…皮肉なことに当誌の座談会で、市の観光連盟会長が「私の先祖は年貢は笠松代官まで納めに行ったと、お爺さんから聞いた覚えがあります」と話し、近藤氏が「ほ~、笠松って競馬しか知らない(笑)。」と返していた。

この問題については改めて述べますが、これも中央の調教師のパワハラ問題同様、まとまった文章にするにはちょっと時間がかかるかもしれない。ただ、私自身怒りが大きい。私が「郡上Ⅱ」で記した笠松競馬の過去の栄光もそれに対する矜持もすべて捨てる―つまりはオグリキャップが救った笠松競馬は一度死ななければならない。ゼロから生まれ変わるか、そのまま葬られて木曽川沿いに大きな更地ができるかは、笠松競馬の人たち次第でしょう。