粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

ばんえい競馬のばん馬虐待事件について

ばんえい競馬の鈴木恵介が「イライラしてやったわけではない。馬の頭を起こそうとして蹴った」という釈明の文章を公表。先日も述べましたが、何故それを最初の時点で言わなかったのか?という話。「イライラしてやった」と言った後でそんな文章見せられたところで、一部関係者の擁護発言をそのまま拝借したようにしか受け止められない。しかも一度は本人がそれを否定しているというのに。百歩譲ってそのときは説明が面倒だったり、投げやりな態度にさせてしまった何かがあったにしても、状況と緊急避難的行動であったことを丁寧に説明すべきだった。

「競馬に携わる全ての人が馬に愛情を持って接していることを理解していただきたいです」という鈴木の釈明を嘲笑うかのように、事件当日、別のばんえい厩務員も馬の顔を蹴っていたことが発覚。ばんえい競馬というのは馬に、大レースになれば1トンという重い橇を曳かせて、背後から長い鞭で馬を叩くという、傍目からすれば古代エジプトで奴隷にピラミッドの石を運ばせている光景を想起させるような競技。実際はあの鞭は馬に対して痛みを殆ど感じさせない(馬の尻の皮が厚いから)し、古代エジプトのピラミッド建築も奴隷の強制労働によるものではないのですが。とはいえ重い橇を曳かせるのは重労働。ばんえい競馬の馬券を買ったとき、買った馬が結局耐えきれずにへばってしまい、後続に追い抜かれてしまうというシーンは幾度もありました。だからこそ馬に対して愛情と敬意をもって接してもらいたかった。一時は存廃の危機に晒され、試行錯誤を繰り返し―開催日まる一日アイドルマスターとコラボレートした日もあった―、その甲斐あって高知に負けないくらいの売り上げ回復にこぎつけた。そこで関係者に驕りが出てしまったのか。それとも世界唯一の「馬事文化」の上にあぐらをかいてしまっていたのか。運営側は監視員の人数を増やして再発を阻止すると述べていますが、監視しないと馬を蹴るのか?と。ばんえいの関係者は、自分たちはホースマンとして情けないと思わないといけない。

先日、競馬ファンと一般人の見方は違うのだから気をつけないといけないと述べましたが、さすがにこういう意見は辟易する。

 

ばんえい競馬は普通の競馬と違って全てが動物虐待です。なぜそんな動物虐待を賭け事として許可したのか。ばんえい競馬は廃止するべき。

 

競馬ファンの私からすれば、「普通の競馬」もばんえい競馬と大差ない。だからこそすべての競走馬に敬意を持っている。私のモットーは

勝てば全部馬のおかげ。負ければ全部騎手のせい。

何より動物愛護を「錦の御旗」に廃止を訴えている人は、ある大事なことに全く考えが至っていない。

ばんえい競馬は他の競馬場と違い帯広ひとつしかないので、廃止したら今いるすべてのばん馬の行き先がなくなる。当然ばん馬は農業用の馬なのでサラブレッドと違い乗馬になったり時代劇に使ったりはできない。とはいえ現在では農業に転用することも現実的ではない。つまりは全頭殺処分で「ばん馬」という種自体を滅ぼすことになる。

サラブレッドだって乗馬適性があるものは決して多くはない。乗馬種がいる以上、競馬がなくなればサラブレッドも存在理由はなくなる。競馬は動物虐待だが、それをなくすと種ひとつを絶滅させるというとんでもない矛盾の中に競馬関係者やファンは身を置いている。だからこそ欺瞞であろうと、まっとうな競馬関係者は、せめて自身が預かっている間は「馬に食べさせてもらっている」という感謝の心を持って馬に接するし、ファンは賭け事を超えたロマンと物語を見出そうとする。せめて馬の名前と走る姿を脳裏に焼き付けようとする。それは平地もばんえいも同じ。「普通の競馬と違って」はいない。

そもそも人間社会そのものが、大なり小なりそういった矛盾が集まってできた塊で、人間はそれが余程道義に反していなければ敢えて目を逸らしたり、無理やり整合性をつけて自身を納得させて生きている。「正義」に酔ってあらゆる矛盾を無差別に糾弾すれば、人間社会が歪み、ひび割れ、そこから憎しみが噴出する。今がまさにそういう状況なのではないかと。

 

そういえばばんえい競馬を応援していた須田鷹雄氏はこの件についてどう思っているのだろうとブログを訪問したところ、2年以上更新が絶えていて、その日私が初めての訪問者でした。その前の日も160人ほど。おそらくはSNSに活動の場を移しているのでしょうが、私はSNSは一切やらないので結局須田氏の考えはわからずじまい。それ以上に、業界著名人でもブログを放置すれば荒れ果ててしまうのだな、と。特にSNSを利用せず、ブログだけやっている一般人の私はよっぽど更新をこまめにやらないといけないと思った次第。