粕本集呆の馬事放言

「粕本集呆の辛口一献」に替わるカスPこと粕本集呆の新ブログ。主に競馬関連中心ですが、ニコマス活動再開も企図しております。

認めなければならない事実。

笠松競馬の公式HPは相変わらずだんまりを決め込んでいますが……。

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一岡氏のこのブログ記事を読んだとき、「ここまでか……」と観念しました。観念したというのは、水野翔の死を認めざるを得ないということ。今まで、ネット等で情報発信している競馬関係者で「信頼できる」と思う人や、私の競馬繋がりからは水野の件に関しては何も知らされなかった。実は水野が他界してすぐ、中野省吾や大川充夫アナウンサーがブログでその件に触れたらしいのですが、すぐに削除された。それを最初はガセだとわかったから削除したのでは、といいように解釈していたし、次第に彼の死が本当らしいとわかってきても、心のどこかでそれを拒絶し、保留の態度を決め込んでいました。

水野の死がはっきりしたとき、記そうと思っていたことがある。

 

笠松競馬は

どうしてもっと早く

開催を再開できなかった!

 

確かに有耶無耶にしてすぐ、とはいかなかったにせよ、関係者の処分が発表されたのは4月21日。そこから再開するのにどうして4か月半かかる?1月12日を最後に笠松競馬は開催できず、半年以上、処分されなかった所属騎手は、他場で騎乗することもできずただただ日干しにされ続けていた。処分発表後も、関係者の一部が税務申告で不備があるかもしれないと申し出たら、それを理由に再開を延期。申告を精査して修正することと開催は同時進行できるだろうし、そうでなくてもあまりにやっていることがゆっくりすぎる。ちんたらちんたらちんたらちんたら……。

その間、コロナ禍は収まることなく、テレビは不安を煽り、政府は責任逃れと何の見返りもない「お願い」に終始、世間は不安と不満、苛立ちに満ち溢れていた。私自身は幸いこれまでコロナウイルスの感染から免れ、経済的にも特にマイナス影響はなかったのですが、それでも元々不安障害を持っているせいか、世の中の空気に圧し潰されそうになり、苛々鬱々としていました。世間から目を逸らすかのように、それまであまりスマホは触らなかったのに、仕事の合間にやたらスマホでネットオークションやamazonのページを開いて、買いたいモノを探していた。所謂「買い物依存症」で、気が付くと貯金の残高がだいぶ減り、部屋の中がモノに溢れていました。まあ、今日明日生活に困るような状況ではないのですが、経済的に直接影響を受けなかった私でさえ、ちょっとメンタルが弱いとこんな有様。

笠松競馬の現場関係者たちはどうか?半年以上まともに仕事がなく、アルバイトで日銭を稼いでいた関係者もいるという。終わりの見えないコロナ禍、日を追うごとに険悪な空気に満ちてくる世間からは、廃止しろと憎悪剥き出しで言われ続ける。実際全然再開せず、自粛がずるずる延びる競馬場に、関係者の廃止の不安は大きかったはず。廃止になったら、どこか行く宛はあるのか?私だったら気が狂いそうになる。それでも競馬界全体がそうならまだ堪えられるかもしれない。しかし実際は、他の競馬場が普通に開催していて、レースの売り上げが過去最高額だとか浮かれているのに、一部の愚か者と魯鈍な事務方のせいで、自分たちだけが理不尽に辛い目に遭っている。

事務方の連中は競馬が開催されなくても給料は保証される。でも現場の関係者はどうか?行政や事務方が現場の苦しさをわかっていれば、ここまで開催が遅れることもなかったし、こんな悲劇はなかった。そのくせ公式HPでは一身上の都合で引退したとすら記されていない。おそらく「ご意見投稿ページ」には水野の件について意見が殺到しているのでしょうが、知らぬ存ぜぬを貫く様子。

再開されても暫くは無観客になるでしょうし、それが却って今の私には有難い。昔は「瞬間湯沸かし器」と言われていましたが(最近友人に言われ私自身も驚いたのだが、昔は、誰が私に電話をするか、仲間内でジャンケンで決めていたくらいヤバかったらしい)、最近どうも昔のように気が短くなってきた。ヘタすると笠松競馬の事務方の襟首を掴んだまま壁に叩きつけ「水野の件はどうした!」と怒鳴りつけかねない。怒りと不信は消えないでしょうが、それをとりあえず心の奥にしまい込む時間は欲しい。大黒社のブログでの水野の写真を見て、それくらいの怒りと悲しみがこみ上げてきました。

笠松競馬9月8日再開「待ってましたー」 | 岐阜新聞Web (gifu-np.co.jp)

 

岐阜新聞のコラム「オグリの里」は再開を手放しで喜び、水野の件については、迂遠な表現で誤魔化している。新聞の立場、遺族への配慮、色々な事情があるのでしょうが、かつては水野のマカオでの重賞勝利を大きく報じながら、記事の中には水野翔の名前すら出てこない。だからこそ大黒社のブログは悲しいが嬉しかったし、外野の私なら怒りを表すこともできる。

ただ自身を悔やむところは、水野がどこかの騎手くずれから現金を受け取ったことが発覚したときのこと。このブログでも怒りを露わにし、それは間違っていないと思いますが、彼がそんな愚行に及んでしまった背景―生活の苦しさと不安まで思いが至らなかった。ただ行為だけしか見ていなかった自分の視野の狭さは責められても言い返せない。